一橋ビジネススクール教授 楠木建氏

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※本記事は、2022年3月9日時点で書かれた内容となっています。

『GIVE & TAKE』* で言うギバーは、人間としての1つの成熟の表れだと思います。なかには幼少期からギバーの人もいるかもしれません。ただ、やっぱり若い頃はだれしもテイカー的な発想が強いと思うんです。赤ちゃんは全員テイカーです。ギバーの赤ちゃんがいたら、ちょっと怖い(笑)。それがだんだん大きくなり、いろいろな滑った転んだを経験して、「ああ、やっぱり世の中ってこういうものだよな」と理解する。これが人間を徐々にギバーに近づけていくのではないでしょうか。
*『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』

人間の一般的な成熟というのは、テイカーからマッチャーを経て、ギバーへ向かっていくものだと思います。以前、「初老の老後」でもお話ししましたが、そこにエイジングの意味がある。みんながある程度長く生きられるようになったことのポジティブな面だと思うんです。

若い頃の自分志向からどれだけ抜け出して他者志向に近づけるか。そこに人間的成熟があります。ギバーになるということは人間関係をよくすることではまったくありません。仕事とはいったい何のためにするのかという、自分にとっての本質的な問題を突き詰めた先にギバーがある。

これが僕の仕事観と非常にフィットしているんです。以前、趣味じゃないのが仕事、仕事じゃないのが趣味という話をしました。仕事は、自分以外のだれかにするものです。一方、趣味は自分志向でまったく構わない。自分が楽しければ全部OK。簡単な例で言うと、「釣りは趣味だけど、漁師は仕事」。漁師であれば、自分以外のだれかのために新鮮でおいしい魚を安定的に供給しなきゃいけない。魚を買ってくれるお客さんのためにならなければ、仕事にならないんです。

つまり、世のため人のためみたいに大上段に構える必要もなく、どんな仕事でも、事の大小はあれ、必ず自分以外のだれかのためになるから仕事として成立している。という仕事の定義に立ち返れば、自然と他者のことを考えざるを得ません。「この人は頼りになるな」「役に立つな」と思われて初めて仕事になるわけですから。

そう考えると、テイカーはそもそも仕事に向いていない。周囲からは「得する人」「上手くやる人」と思われがちですけれども、本当は仕事に向いていない。テイカーの頭のなかは、自分の損得やどう評価されるかでいつもいっぱいです。完全にROIの発想なので、自分の評価や利得をいかにラクして高めるかをつねに考えている。あっさり言えば、非常に「趣味的」なんです。

例えば、人脈をつくるノウハウにやたらこだわる人。こういう人は仕事に向いていないと思います。本人が「仕事を上手くやるために人脈が必要だ」と考えているのが間違いの元です。だれとどうやって知り合えば自分のビジネスが有利になるのかとか、どの人と仲良くすればおいしい話があるのかとか、もうひたすら自分の利得にしか目が行かない。つまり、仕事に向き合っていない。

仕事は、自分自身で評価してもほとんど意味がありません。人に評価されてこその仕事です。この当たり前の原理原則を実践していけば、だんだんギバーに近づいていく。「真面目に仕事しなさい」という非常に当たり前の結論になります。

確かに当たり前の話なんだけど、言われてみないと背後にあるロジックになかなか目が向かない。意味のある知見というのはそういうものです。『GIVE & TAKE』の議論は、その好例です。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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