一橋ビジネススクール教授 楠木建氏

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「第2回:健康とその延長にある死。」
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※本記事は、2022年2月9日時点で書かれた内容となっています。

しばらく前に『逆・タイムマシン経営論』という本を出しました。この本の主題は、「そう簡単に変わらないことこそ本質だ」ということです。近過去を振り返るだけでも、歴史は変化の連続です。変化を追いかけることによってはじめて、そこに一貫して変わらないものがあることに気づく。本質を見抜く力、大局観を会得しようとするならば、タイムマシンに乗って過去に遡るに若くはなし、というのが『逆・タイムマシン経営論』で伝えたかったことです。

『週刊現代』が「思い出話」「お色気」「健康」という3本柱のローテーションを決して崩さないという事実は、この3つこそがG(爺)の本性であり本質だということを物語っています。私的専門用語で「Gスポット」と呼んでいます。

Gスポットの中でも、中核を占めるのは「健康」です。健康はGに限らず誰にとっても関心があることです。どんなメディアでも鉄板のトピックなのですが、『週刊現代』の記事にはGマイナー7thのブルージーな味わいが横溢しています。なぜかというと、健康よりもその延長線上にある死のほうがGの一大関心事だからです。

人間誰しも健康でいたい。しかし、死を避けることはできない。健康とその延長上にある死とのせめぎ合い。ここが若者の考える「ヘルシー」や「ウェルネス」と、Gをターゲットにした『週刊現代』が違うところです。毎回のように健康の話をしているのですが、関心がどんどん死のほうに傾いてくる。これを私的専門用語で“横Gがかかる”と言っています。

例えば、「クモ膜下出血から生還して考えたこと」といった記事を見ても、クモ膜下出血の予防という話よりも、死を垣間見た人がその時に思ったことに関心がある。健康よりも死の方に横Gがかかりまくっています。

なぜGはそんなに死に関心があるのか。もちろん怖いからです。なぜ怖いのか。誰も死を経験したことがないからです。70数年生きて、それなりに山谷も乗り越え、もう酸いも甘いもかみ分けているGですが、死だけは経験したことがない。興味と関心がつのるゆえんです。

「スマホでヌードをとる簡単テクニック」「エッチなおばさんは嫌いですか?」(←嫌いじゃないが、好きというほどでもない)といったお色気モノには失笑を禁じえない記事も多いのですが、健康や死のトピックでは「ああ、年を取るのも悪くないな」としみじみと思わせられる記事に出会うことがしばしばです。

例えば、「ままならないのが人生」という特集記事では、「人生には仕方がないことがある」「他人と比べてはいけない」「後から振り返れば、たいていのことは大したことじゃない」といった見出しが躍っています。これは僕が常々大切だと思って考えたり書いたりしていることと完全に合致します。やはりGになると人と人の世の本質が見えてくる。G同士、自然と見解が一致します。「ビバ! 成熟」です。

死というシリアスなテーマでも、『週刊現代』は独特のアプローチで切り込みます。これがイイんですね。例えば、「死ぬのが怖いあなたへの10章」。Gの関心をわしづかみにするタイトルですが、中身を見ると、「脳梗塞はいたくない」「10秒であの世に行ける」といった記事が並んでいます。「脳で死ぬ、心臓で死ぬ、その違いは何か」というのもあります。どっちでもイイんじゃないかと思うのですが、やっぱりこの辺が気になるんですね。笑ったのは、「骨になるときはどんな感じか」。そんなの知らないよ!としか言いようがありません。

一方で「実務としての死」、これもまたGにとっては重要なテーマです。例えば「ネットでは分からない総力特集 1週間で済ませる最後の手続き」。1週間で済むか……と気が楽になりました。「ひとりになった時、やってはいけないこと」という特集記事もあります。奥さまが先に亡くなるケースもありますから、こういう記事にも需要がある。そこで「やってはいけないこと」として挙げられているのが、「子どもに財産を渡す」「再婚」「家の売却」「引っ越し」「子どもと同居」「老人ホームに入る」――一体どうすればいいのかが逆にわからなくなります。「遺言書、こう書くから揉めるんです」「家族に見られたくないものはこの順番に捨てる」――例によって、どんどんブルースになってきます。

『週刊現代』の記事に横Gがかかるのは、ある意味で皮肉な成り行きだと思います。「長生きしたい」というのは人間の本性です。それが技術や医療の進歩を駆動するエンジンとなりました。GがYだったころと比べれば、幸いにして寿命は延び、多くの問題が解決されました。しかし、そうなったらそうなったで、また新たな問題が出てくる。あっさり言えば、なかなか死ねない時代です。だからこそ、さまざまな不安が出てくる。横Gがかかりまくっている『週刊現代』は、人間が抱えている本質的な矛盾をえぐり出しているといっても過言ではありません。

この先大切になるのは、「この矛盾を矛盾のまま矛盾なく乗り越える」ことではないか――G初心者の初老の僕がGの諸先輩から学んだことです。そのためには、何よりも自分なりの価値観、自分の頭と言葉で確立した価値基準が不可欠です。これは「教養」にほかなりません。ということは、年を取れば取るほどその人の教養が問われることになる。若い時はだいたいみんな同じでも、良い年の取り方をしている人とそうでもない人には大きな差が出てくるものです。昔話の定番プロットが「良いお爺さん」と「悪いお爺さん」のコントラストにあることも、これを示唆しています。高齢化社会でいちばん大切になるのは個々人の教養だと僕は確信しています。(第3回へつづく)

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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