一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏 / 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏

Q1:自分のセンスを知り、磨く方法は?
Q2:自分の好き嫌いの市場価値は?
Q3:スキルを越えた自分のポジションを見つけるヒントは?
Q4:仕事を選ぶ時の基準は?
Q5:センスを育てるために教育の現場でできることは?
Q6:望まない仕事でも関心を持って取り組む方法は?
Q7:センスを排除しようとする人たちとの戦い方は?

Q4:仕事を選ぶ時の基準は?

自分が今いる会社の中だけでできていくことの怖さみたいなものを感じています。外に出たときに自分の仕事が通用するのか、ということがすごく怖いなと思っていまして、ちょっと外に出てみるとか副業にトライしようかと考えています。楠木さんと山口さんは、これまで別のことにトライしたりするときに、仕事の選び方の基準があるかと思うんですが、それを教えてください。

楠木
自分は今の会社ではうまく行くのだけれども、それが外で通用するのか。そう考えてちょっと副業はどうなんだろうというときに、ポータブルなスキルを身に付けようとか、市場でプライスの付くスキルを身に付けよう。そうすると、今高値のスキルは何かという方向に頭が行ってしまうことはよくあると思うんです。

でもこれが、だいたい“地獄の一丁目”になることが多いんです。つまり、プライスが付くということは、もうそこで労働市場が成立しているということです。ですから、求人広告を見ると、こういう言語のプログラミングができる人とか、英語だけでなくて中国語も同時にできる人を募集とか、会計の人を探してます、特に管理会計ではなく財務会計、財務会計の中でもオーディットよりIRができる人を探してます、というように労働市場の言語というのは、スキルという言語と文法で成立しているのです。今これがいいぞというのは、みんながそう思うということです。

多くの人が「やればできるスキル」というのは、早晩陳腐化します。そうすると、次のスキルは何だろうという話になって、結構刹那的なことになっていく危険がある。

山口
よくわかります。私は何社か転職の経験があって、研究者としてずっと上がってこられた楠木さんよりは職業的なダイバーシティがあると思います。仕事は実際にやってみて、「あっ、これは向いている」というのは、最初の3カ月ではっきりと出ます。

私の場合、電通のときは先ほど言ったような悲惨な状態でした。その後、戦略コンサルに移る前に若干別の仕事をやっていた時期もあったのですが、これが輪をかけてひどくて、明らかにもっと不幸な人を作っていた。そこで、過去を振り返ってみると、もっと抽象的なことを考えて、それを言葉にしたり紙にしたり視覚的に表現したりっていうことのほうがどうも得意だなということを思い出したんです、セルフアウェアネスで。

自分が割と自然体でやっているのにみんなが喜んでくれたとき、それはどういう状況だろうということを思い返してみると、広告代理店のときに見積もりは間違えまくるのですが、議論が紛糾しているときに、「いや、皆さんの話しているのはこういうことで、これは既に結論が出ている。これとこれはもう駄目で、残る方向性はもうこれしかない」という話をすると、「まあ、確かに」となって座が収まることが何度かあったんです。周りからすごい感謝されまして、本人からするとただ単に早く帰りたくてやりましたというだけなのですが。

そのとき、非常に複雑な状況の情報を構造化して整理するということは得意なんだと気付きまして、コンサルティング会社に行ったら最初の3カ月で、「あなたはパートナー(コンサル会社の役員クラス)になります、だから安心してこの仕事をやっていればいい」と周りから言われたんです。本当に自分のセンスと仕事の相性がいいときには、やっぱり明らかにそれがわかります。

楠木
その3カ月というのは、肝ですね。それは自分から一生懸命向いている・向いていないを調べなくても、体でわかるということですよね。

山口
わかります。

楠木
非常に低コストで、しかもはっきりとわかる。今のお話にもうひとつ付け加えることがあるとすれば、転職というのは雇用者を替えるということを意味していると思いますが、所属する組織の中にも仕事のバリエーションがあるはずです。今の私の所属先は一橋大学なのですが、大学の学者の中でも経済学や法学などさまざまな得意分野の学者がいます。さらに、経営学者の中でも専門は戦略論だとか会計学だとかといったように、分けていくといろいろな仕事のスタイル、バリエーションがあります。会社を替えなくても、いまのポジションを自分のスタイルに合うように持っていくという方法もあると思います。

山口
先ほど楠木さんのおっしゃられたスキルは、ある程度の学習をして身に付けるわけですが、それに20年かかりますとか、100万人に1人しか身に付きませんと言われるとたぶんやる気がしないですよね。ですから、みんなの言うスキルというのはせいぜい1〜2年ぐらいで、かつ地道にやればだいたいの人は取得できますというものです。そういうものが、労働市場におけるユニークなその人の強みになるかといえば、やっぱりならないです。

僕が見ていて思うのは、その人の強みというのは、「とにかく好きなんで、ずっとやってきました」という人には絶対にかなわないということです。それが後で価値を生むものになるかどうか、それはわからないのですが。

楠木
事後性ということですよね。ちょっと説教くさいことですが、私の絶対真理リストの上位にあるものとして、「すぐに役立つものほど、すぐに役立たなくなる」、これは相当堅い世の中の真理じゃないかと思っていまして、スキルには若干そういう面があります。スキルもいいのですが、そのスキルの土台であるご自身の独自のセンスが生きるということが大事だということです。

Q1:自分のセンスを知り、磨く方法は?
Q2:自分の好き嫌いの市場価値は?
Q3:スキルを越えた自分のポジションを見つけるヒントは?
Q4:仕事を選ぶ時の基準は?
Q5:センスを育てるために教育の現場でできることは?
Q6:望まない仕事でも関心を持って取り組む方法は?
Q7:センスを排除しようとする人たちとの戦い方は?

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。