一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏 / 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏

Q1:自分のセンスを知り、磨く方法は?
Q2:自分の好き嫌いの市場価値は?
Q3:スキルを越えた自分のポジションを見つけるヒントは?
Q4:仕事を選ぶ時の基準は?
Q5:センスを育てるために教育の現場でできることは?
Q6:望まない仕事でも関心を持って取り組む方法は?
Q7:センスを排除しようとする人たちとの戦い方は?

Q3:スキルを越えた自分のポジションを見つけるヒントは?

山口さんが「メタ努力」という話をされていて、スキルを磨くのをやめて、もう一段上のレイヤーで自分が生きるポジションを見つけるというお話がありました。その自分が生きるポジションを見つける方策について、何かヒントがあれば教えてください。

山口
ちょっと私事の話なのですが、私の女房が以前、非常に特殊な仕事をやっていたんです。それはどういう仕事かというと、イタリア料理の修行をしたいという若い日本人を、イタリアのレストランに当たりを付けて1年間修行に送り出す、そういうコーディネートをしていたんです。そこには、世の中的に言うともう完全にドロップアウトした人たちが多く来ていました。

なんで高校をやめたの、と聞くと、「センコウがすげえムカつくから、レンガで頭ぶん殴ったら刑事事件になっちゃって」、そういう子がたくさんいました。彼らはある意味すごい純粋で、「料理屋でバイトしたら、自分の作ったものをおいしいって食べてくれるのがすげえ楽しくなってきて、本格的にやりたくなった」という面もあって、そういう人を私の女房がイタリアの料理屋さんに送り出すという仕事をやっていたんです。

トータルで100人ぐらいが実際に修行してきまして、今ミシュランの星を取っている人間が6人ぐらいいるんです。ものすごく有名なイタリアンレストランのシェフをやっている人もいて、本人はすごく幸せそうです。おそらく今質問された方は、サラリーマンを辞めてシェフをやろうというのがオプションに入っていないと思いますが、でもそれくらいレイヤーが変わってもいいのかもしれません。

例えば私の大好きな本に、『日本の給料&職業図鑑』(宝島社)があります。そこには、さまざまな職業の解説や平均年収が全部出ています。皆さんは、ニワトリのヒナの雌雄を鑑別する「ひよこの鑑定士」って平均年収いくらか知っていますか。ひよこの鑑定士は、日本の平均的なサラリーマンの年収よりずっと高いんです。しかも、ひよこの鑑定士は国家資格で、資格を取るのに2年間学校に通って取らないといけないのです。

世の中にはいろいろな仕事があるので、極論するとこの『日本の給料&職業図鑑』をパラパラパラとめくって、開いたページの仕事を取りあえず1回やってみるとか、それぐらいのランダムさでもいいんじゃないかなと思います。

楠木
それと同じことを別の入り口から言うと、私個人の場合、子どもの頃は“シンガー”になりたいと思っていました。それが駄目なら、大学で研究したり教えたりという今の仕事、“教員”がいい。それが駄目なら、“個人タクシー”をやりたいと思っていました。シンガー、大学の教員、個人タクシーは、職業カテゴリー的にも具体的なレベルでもバラバラで、あまり共通点がないように見えます。でも私の中では、ある切り口でまったく同じ平面に乗っていまして、完全に横に並んだオプションになっているんです。

山口
それは、人に支配されることもないし人を支配もしないというところで共通しているとか、そういうことですか。

楠木
はい。部下や上司のいない仕事。だから、世の中に出回っている「あなたの強みはこれです」という自己診断ツールなんかは鵜呑みにしないほうがいい。こういうツールで出た出来合いの診断を、「これ、当たってるよ。おれのことよくわかってるな」っていう人がいますが、当たっていることがわかるっていうことは、もうすでに自分のことがわかっているということですからね。

山口
(笑)

楠木
もちろんそれ自体世の中に迷惑になることではないので、いいんですけど。私が時々やるのは、皆さんもお帰りになるときに渋谷の街を歩きますよね。ビルがいっぱいあって、看板もいっぱい出ています。それを見て、「いろんな会社があるなあ」「いろんな職業があるなあ」というところから、「ここでなら、仕事が楽しくできるかな」とさらに想像を膨らませながら歩く。これならすぐにできます。

Q1:自分のセンスを知り、磨く方法は?
Q2:自分の好き嫌いの市場価値は?
Q3:スキルを越えた自分のポジションを見つけるヒントは?
Q4:仕事を選ぶ時の基準は?
Q5:センスを育てるために教育の現場でできることは?
Q6:望まない仕事でも関心を持って取り組む方法は?
Q7:センスを排除しようとする人たちとの戦い方は?

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。