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いうまでもなく資本主義にはいろんな問題があります。これまでも、どったんばったん滑った転んだを繰り返してきました。それでも、資本主義はいまだにメインのメカニズムになっている。そこにはよほどの頑健性があると考えた方がいい。

では、資本主義の頑健性はどこにあるのか。資本主義は「最初」と「最後」がほぼ確実に間違っている。ところがこの間にある「途中」がやたらによくできているんですね。ここに資本主義が長持ちしている絶対の強みがある。

「最初」というのは、人間が行動を起こす動機ですね。それは必ずしも金のためではない。やっぱり人間は幸せになりたいんですね。でも、幸せは金に換算できない。当たり前の話です。手段として金がものを言うのだけれど、それは目的にはなりえない。ま、人によりますが、多くの人は本当に金が目的になってしまったらつまらなくて生きていけないでしょう。

もし仮に、ピュアに金融資本主義的な考え方の結婚というものがあるとします。こういう人と結婚できるなら幾ら払うみたいなマーケットがある。そこでは、最高値かつ価値の毀損(きそん)が小さいものを相手に選ぶことが一番いい結婚であると。そういう人を本当に好きになるか。まず無理ですね。これは動機の在り方として間違っているわけです。

資本主義は「最後」も間違っている。「で、結局どうなるの?」に対する資本主義的な答えは「ええ、金が儲かりました」で終わるんですが、それが幸せかというと、そんなことはない。最後も間違いなく間違っているんです。

というように、資本主義は、最初と最後は間違っているんですが、「途中」が異様に良くできているんですね、これが。本当に感心するぐらい良くできている。アダム・スミスの言っていたとおりですね。例えば、東日本大震災の後の復興。大量のヒト・モノ・カネの資源が比較的短時間で投入されたわけですが、これにしても価格シグナルで動く市場メカニズムがなければ不可能だったでしょう。

いろんなお寿司が食べられるという選択肢が増えるとか、お寿司屋さんたちが市場競争のなかでお寿司をどんどんおいしくしていくとか、安くお寿司が食べられるとか、こういうのも資本主義の恩恵です。市場競争は依然として社会進歩の最重要エンジンだと思います。ようするに、社会全体で資源が効率的に配分され、投入されていく。この市場メカニズムという「途中」がやたらに良くできているんです、資本主義は。だから、いろいろ言いながらもわれわれは今のところ資本主義を手放せない。

一方で、社会主義っていうのは、ちょうどこれと対照的な性格を持っています。つまり、「最初」と「最後」は間違いなく正しい。やっぱり人間は社会的な動物であって、最後は個を超えて全体の幸福みたいなものを考える。人の役に立ちたいと思うのは人間の本能です。利他とかそういうものが動機になる。

社会主義は最初と最後は間違いなく正しいのですが、一方で「途中」が決定的に間違っている。途中の「難易度」がめちゃくちゃに高いといってもよい。たとえば、先駆的に社会主義に挑戦したソ連。「途中」があまりに非効率で世の中は進歩しないし、それに付け込んだ悪いやつが出てくる。いまの人間社会のレベルでは、この「途中」に相当する資源配分のメカニズムが絶望的に難しい。ですから、しばらくの間は資本主義が続くのは間違いない。

現在の金融資本主義を憂う人たちがいっぱいいます。「このままだとどうなっちゃうんだろう……」と心配になりますね。金融資本主義の問題の正体というのは、そもそも資本主義が持っている最初と最後の間違いにターボがかかったことにあると僕は思います。「幸せな生活って、金じゃないよね」と考える人がいる一方で、「いや、結局金が目的で、すべては金に換算できるし、やっぱり君だって3,000万円のマンションより、1億円の億ションに住みたいだろ。それはなぜかっていうと、そっちのほうが幸せだからなんだよ」という金融資本主義的な人がいる。最初と最後の間違いが、元来の資本主義よりも過剰になっているんです。

ただ、金融資本主義のピークは2000年代前半だったのではないでしょうか。アメリカでいうと、レーガン政権ぐらいから新自由主義が始まって一本調子で上がってきた。2008年のリーマンショック後は、行き過ぎた金融資本主義に対する揺り戻しが続いてきたと思います。今後しばらくはそれが続くと思うし、続くべきです。

手段の目的化に対する揺り戻しがかかっていて、目的化しちゃった手段である金が、もう一度「いや、しょせんは手段に過ぎないんじゃない」というふうに回帰していく。これは資本主義の健全性を取り戻すという意味で、非常に重要な論点です。マクロな何千年スパンの話をしてるところで、過去10年とか、この先10年なんて、ごくごく近視的な話に過ぎないのですが。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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