「第1回:「ダブルイナーシャ」を超えられるか」はこちら>
「第2回:下請け構造に陥らないために」はこちら>
「第3回:フィジカルAI時代、日本企業は主役になれるか」
ややこしいものをつくる能力は世界最強
山口
フィジカルAIで日本企業が世界に伍していける可能性については、冨山さんはどう見ていらっしゃいますか。
冨山
組織内のグローバル化については、日立やソニーは先行していると思います。問題は自動車や産業機器などのハードウェアに軸足を置く企業がこの問題に早く取り組めるかどうかですね。今のところまだフィジカルAIの波は来ていませんから、旧来モデルの改善・改良で対応できていますが、ある日突然、10分の1のコストで同じことができるロボットが中国から出てくるかもしれない。ソフトウェアディファインドなら、ハードウェアは手を抜いても同じことができる可能性がありますから。
山口
中国はトライアンドエラーが早くできるのが強みですよね。
冨山
そうですね。それからアメリカはソフトウェアで先行するでしょう。ただ、アメリカではハードウェアの産業クラスタが薄くなっています。今、フィジカルAIのベンチャーが次々と出てきていますけれど、彼らができるのはラボラトリーレベルまででしょう。開発したものをモジュール化して大量生産しようとするとモノづくりの足腰が必要になりますが、その場合は日本のハードウェアメーカーと手を結ぶ可能性が高い。そうした相互補完の関係は、けっして悪くないと思います。
山口
以前、ロボット事業のアドバイザーを務めていた経験から言うと、日本企業は実装に慎重すぎる面があります。ひとまず現場に入れてみて改善していこうという動きがなかなかできないので、結果的に後れをとることになってしまいます。
冨山
だから日本のハードウェアメーカーがアメリカのフィジカルAIベンチャーを買収してもいいと思うんです。社会実験もアメリカで行えばいい。
ややこしいものを、ややこしいまま、再現性高く大量につくる能力に関しては、いまだに日本は世界最強ですからね。人間の機能をロボットで再現するには、少なくとも初期段階ではかなり複雑な機構が必要です。しかも大量生産となると簡単にはいかないので、その点ではまだまだ日本にチャンスがあります。中国企業がヒューマノイドをいろいろ出していますけれど、まだ実務的には使えないものがほとんどですから。
ヒューマノイドの最後のハードルは持続性ですよね。現段階ではバッテリー駆動にも限界があるので。外部電力に頼ると動作環境が制約されてしまいますし。そう考えると、人間を代替するというよりは相互補完になるのでしょうね。
いずれにしても、フィジカルAIに日本のチャンスがあることは事実です。ただし気がかりなのは、フィジカルAIのソフトウェア開発をしている方が、日本のハードウェアメーカーが一番付き合いにくいと話していたことです。
山口
それはなぜでしょうか。
冨山
ハードウェア信奉が強い。さらに既存のビジネスモデルに対するアタッチメント、要するに呪縛が強すぎるようです。顧客との関係性など、いろいろな制約があるのはわかりますが、やはり欧米企業は全般的に機動性が高い。そのため、日本でフィジカルAIの開発に力を入れている人たちは、こぞって欧米の産業用機械や建設機械などのメーカーとの連携を模索し始めています。日本のハードウェアメーカーは考える必要がありそうです。
求められるのはグローバルな視野と会計知識
山口
グローバルマインドセットが持てていないというか、国内だけで考えがちな面が強いですよね、日本企業は。その背景には語学の問題があるのかもしれません。例えば韓国の財閥系企業では1990年代ぐらいから、新入社員を世界各国に送り込み、その国の言語をネイティブ並みに話せ、文化風俗にも通じた人材に育てるということを行っています。その取り組みが2000年代の躍進につながった側面があるようです。
冨山
ローカル産業はともかく、グローバル市場で戦う製造業は、規模の大中小を問わずマインドセットを変えざるを得ないですね。種目は何であれ金メダルか、せいぜい銅メダルまでですから、高収益をあげられるのは。金メダルを取るためには世界中のすべての競争相手を意識しなければいけないとなると、おっしゃるように腹を括って海外に出て行かないと立ち行かなくなるでしょう。
もちろん、日本国内の環境やモノづくりの優位性はあります。だけど、すべてが優れているわけではないため、あるものはアメリカで考えてつくる、あるものは中国で考えてつくるというふうに、ベストプラクティスの組み合わせで勝負することを考えなければなりません。まさにグローバルな視野で最適な組み合わせを行うビジネスモデルをつくらなければ戦えなくなります。
山口
韓国では、会社に入ってからの競争も厳しいけれど、入る前の競争も非常に厳しくて、驚いたのは、TOEFLならほぼ満点を取っていないと財閥系企業には採用されないそうです。冨山さんはスタンフォード大に行かれましたけれど、TOEFLの満点ってネイティブでも難しいですよね。
冨山
満点は相当難しいですよ。この対談シリーズのテーマはリベラルアーツとのことですが、言語というものはリベラルアーツ中のリベラルアーツだと思います。というのも、人間は言葉で思考するからです。はじめに言葉ありき、なんですよね。
その流れで言うと、日本の弱点は本質的なリベラルアーツ教育ができていないことです。これも理由ははっきりしていて、冒頭で言ったようにキャッチアップ型モデルというイナーシャです。キャッチアップ型ということは正解が先にあるので、あまり自分のアタマでものを考えられると困るわけです。
山口
逆に生産性が低くなってしまう。
冨山
そう。学校ならテスト時間を長くする必要が生じたり、そもそも問題がおかしいとか言い出す者が出てきたりしますから。そう考えると、明治以来のシステムはリベラルアーツを否定するものなんです。さらに、このイナーシャもなかなか強力で、例えばだいぶ以前から英語の試験はTOEFLでいいのではないかという議論があるけれど、頑強な抵抗がありますよね。
山口
費用や地域格差などを問題にした反対意見も多いですね。TOEFLのほうが実学志向と言えると思うのですが、英語教育については実用を考えているのか、いないのか、中途半端だと思います。
冨山
さきほども言ったように思考は言語に左右されますから、言語が異なるというのはコンピュータのOSが異なるようなものです。日本語で話していると日本語の構造、例えば否定・肯定が最後にくるといった構造で思考しがちで、英語の場合はその逆になります。日本人なら母国語である日本語のOSはあるけれど、グローバルビジネスを考えたら英語のOSも必要になるでしょう。でも難関大学出身の企業経営者でも、英語のOSを持てるレベルの人はほとんどいないと思います。もっと言うと、簿記会計も驚くほど弱いんですよ、日本の経営者は。
山口
意外な点を突いてきますね。財務ではなくて会計が弱いということですか。
冨山
複式簿記は、企業の資産と負債、収益と費用を貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)の相互関連性(複式)の中で理解する上で必須のスキルなのですが、それを身体的にわかっている経営者は多くありません。B/SとP/Lの違いというのは、経営者はもちろん社会人としても知っておいたほうがいい。簿記会計は高校の必修科目にすべきだと思うぐらいです。
山口
勉強熱心なビジネスパーソンは、今だとDXやAIのような流行りのテーマを学ぼうとしがちです。それはそれで大事だけれど、まず基礎体力として、会計がわかるようにしておくべきということですね。
第4回は、4月21日公開予定です。
冨山 和彦
日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。その後経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEO、グループ会長として活動。現在は日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長を務めるほか、メルカリの社外取締役、日本取締役協会の会長も務める。さらに、政府関係委員も多数務める。主著に『日本経済AI成長戦略』(文藝春秋)、『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)、『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』(文藝春秋)など。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。
山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。