21世紀の第1四半期、「失われた30年」と呼ばれる状況下で日本企業は変革を果たせずにきた。第2四半期に入った現在、人口減少、生成AIの本格実装、フィジカルAIの台頭といった環境変化の中で、日本企業は構造転換のチャンスを迎えていると指摘する冨山氏。ボストンコンサルティンググループ出身という共通項を持つ山口周氏との対話を通じ、企業観・人材観の問い直しから、AI時代のマインドセット、リベラルアーツ教育の再構築、そして個人の仕事観の刷新まで幅広く論じていく。
気づいた企業から変わり始めている
山口
本日はコンサルタントの大先輩である冨山さんとお話しできることを楽しみにしてまいりました。2026年が幕を開け、日経平均株価は5万円台後半に達し、企業の稼ぐ力も向上している兆しが見えています。今年から21世紀の第2四半期に入るわけですが、冨山さんは現在の日本の状況をどのように評価していらっしゃいますか。
冨山
もう4分の1が経ってしまったんですね。21世紀最初の25年間というのは、ビジネスモデル、経営モデルや産業構造の大規模なモデルチェンジが必要とされつつも、二つのイナーシャ(慣性)による足かせによって変革が進められず、多くの企業が苦しんできた期間でした。イナーシャの一つは、明治以来の西洋キャッチアップ型工業化モデル、もう一つは、戦後その延長線上に加わった加工貿易立国モデルです。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた日本の産業界は、安くて豊富な労働力を前提とした大量生産を行い、輸出で儲けるというスキームで劇的な成功を収めました。
ところが、そのピークであった1990年頃を境に、企業を取り巻く環境は明らかに変わりました。環境変化の一つは、グローバル化が本格的に始まり、安く豊富な労働力が、特に中国を筆頭とする新興国から潤沢に供給されるようになったこと。もう一つは、デジタル化によって大量生産の能力が価値の中核から転落し、下請け化される構造が生まれたことです。この環境変化によって日本のビジネスモデルが通用しなくなり、モデルチェンジをしなければいけないのだけれど、なにしろ明治以来160年と戦後80年のダブルイナーシャが強烈なので、なかなか抜け出せない。教育の仕組みまでイナーシャになってしまっていますから。
山口
教育システムが工業化モデルに適した人材を育てるように設計されてきましたからね。まずはそこも転換しなければならない。
冨山
それは容易なことではないので、必死にもがいてきたという感じでしょうか。30年くらい失われても仕方がない面はあると思います。
ただ、そうした中で旧来モデルでは立ち行かないことを自覚した企業経営者が出てきました。代表例が日立やソニーです。特に、典型的な「ザ・日本企業」だった日立がここまで変わったということには、多くの経営者が刺激を受けると同時に、環境のせいという言い訳もできなくなりましたね。
そうした動きを反映して、政府もコーポレートガバナンス・コードの強化などの企業統治改革に取り組んできました。私がそれに協力したのは、この国の経済・産業モデルを変えるには内発的な自己変革メカニズムだけでは限界がある、改革を促進するには外圧、つまり社外取締役や株主からのディシプリン(規律)が働く仕組みが必要であると思ったからです。
山口
1868年の明治維新も、1945年以降の高度経済成長も、ある意味では外圧がきっかけで起きています。戦後モデルからの脱却という変革も、内部から起こすのは難しいので、外圧としてのアクティビズム、資本の圧力を使ったということですよね。
冨山
なので、今は人間ドックの数値を見て「これはヤバい」となって生活習慣から何から全部を改めようとしている段階ですね。ここからの第2四半期は、どれだけ多くの企業がどれだけのスピードで改革を実行できるかどうかの競争になるでしょう。
終身雇用はむしろ多くの人を不幸にする
山口
ただ、多くの経営者はいまだに「昭和型のよい会社」像、例えば共同体的組織、雇用維持や規模拡大の重視といったことに囚われているように思います。冨山さんはこの前提を問い直す必要があると指摘されてきました。
冨山
それらを普遍的な理想とすることによって引き起こされる本質的な問題から、日本の経営者は目を逸らし続けてきたことが問題です。特に「日本企業は人間を大事にしている」とよく言われますが、私はずっとそれはウソだと思っている。そのウソが最近バレてきたのはいいことかもしれない。
山口
『ホワイトカラー消滅』(NHK出版新書)の中でも、AI時代には「漫然としたホワイトカラー」は淘汰され、中途半端な人材はポジションや仕事を変える必要がある、「長い目では厳しい現実を伝えないほうが不誠実だ。鬼手仏心で臨むべし。」と書かれていますけれども、本当に人を大事にしているのはどちらなのかということですよね。外資系コンサルティングファームの「Up or Out」(一定期間内に昇進できなければ退職を迫られる人事文化)は厳しいと言われますけれど、キャリアの早い段階で別の道を勧めることは、むしろ慈悲であるとも言えるわけですよね。
冨山
明らかにそうです。本音で対峙しているということです。日本企業だって実は早い段階で「裏選抜」しているわけですから、この会社で先がないのであれば、それを率直に伝えてキャリアパスを見直せるようにするのは、むしろその人のことを真面目に考えていることの表れだと私は思います。
山口
冨山さんは、グローバル経済圏で人が余り、ローカル産業で人手不足が深刻化しているということを10年以上前から指摘されてきました。例えば銀行や商社などでは大体30代でタグがついて、残りの人たちは役員コースから外れますよね。そうした方々がAIで代替されるようなホワイトカラーにしがみついているよりは、早めにキャリアチェンジしてローカル産業、エッセンシャルワークや技能職で活躍してもらったほうが、社会全体のためにもなると言えます。私の友人、知人でも商社や銀行を辞めて酒蔵に転じた人がいるのですが、やっぱりすごく頼りにされています。
冨山
基礎能力が高いですからね。だから「昭和型のよい会社」だと、タグがつかなかった人もそれなりに面倒をみてもらえていたので、会社にしがみつくという選択肢もあったけれど、これからさらにデジタル化が進めば会社の構造がどんどんフラットになっていくので、そういう人がいると採用力が低下して、結局、その企業や産業全体の力が削がれていきます。雇った以上は一生、生計を担保する責任があるとかいうのは、実は無責任な話だと私は思う。
山口
2019年にトヨタの豊田章男社長(当時)や経団連の中西宏明会長(当時)が「もう終身雇用を守っていくのは難しい」と相次いでおっしゃったのは、実業界から政府へのサインだと感じました。
冨山
少なくとも真っ当な経営者は、終身雇用はむしろ多くの人を不幸にするということを自覚しています。それは完全に昭和のモデルで、経済実態としては終焉しているけれど、ノルム(社会規範)や制度として残ってしまっている。これからの第2四半期、2050年までの25年間には、その現状とあるべき姿とのギャップを埋めなければいけない。それができないとほんとうに日本の経済は後退してしまうでしょう。
ただ、幸か不幸か、少子高齢化のために人手不足が進行しています。長期的に人口がこのままの勢いで減ってしまうのはよくありませんが、少なくともこの第2四半期に関しては、人手不足は僥倖(ぎょうこう)です。構造転換における最大の障害は雇用の問題で、第1四半期の前半は人手が余っていたためにうまく転換できなかった面はある。
だからこれからは、経営や産業構造、ローカルとグローバルの関係などのモデルチェンジの好機です。さらに言えば、デジタル化の第2フェーズであるAIの普及も追い風です。第1フェーズは日本型の経営モデルが全否定される展開でしたけれど。
山口
今回は逆に有利なんですね。
冨山
出遅れたおかげでデジタル人材が不足している点が幸いしています。自然言語でオーダーしたことをデジタル言語に翻訳するという作業は今や生成AIが行ってくれるので、平均的なプログラマーの必要数は確実に減ります。そうした意味では、日本の社会全体がDX(デジタルトランスフォーメーション)に立ち遅れたことはハンデにはなりません。
第2回は、4月7日公開予定です。
冨山 和彦
日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。その後経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEO、グループ会長として活動。現在は日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長を務めるほか、メルカリの社外取締役、日本取締役協会の会長も務める。さらに、政府関係委員も多数務める。主著に『日本経済AI成長戦略』(文藝春秋)、『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)、『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』(文藝春秋)など。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。
山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。