「第1回:コア業務をDXするフェーズへ」はこちら>
「第2回:GlobalLogicが体現したスピードの価値」はこちら>
「第3回:One Hitachiという強み」
※ 本記事は、2025年8月6日時点で書かれた内容となっています。
IT×OT×プロダクト
――日立はIT、OT(制御技術)、プロダクトの全てを持っていることが強みだと言われますが、具体的にそれを事例で説明することはできますか。
重田
今一番わかりやすいのは、HMAXになるかと思います。HMAXは、日立製作所が提供する鉄道事業者向けのAIを活用したデジタルアセットマネジメントプラットフォームです。車両、信号、インフラ管理を最適化するためのソリューション群で、リアルタイムなデータ処理と分析により、鉄道の効率的な運用を支援します。
車両で説明しますと、ひとつの例として、NVIDIAのGPU(Graphics Processing Unit:画像処理装置)を搭載した車両のエッジコンピュータが、運行中に収集されるさまざまなセンサーの画像データをリアルタイムで処理し、必要なデータだけをオペレーションセンターに送信します。このデータをAIで分析することにより、故障の予兆診断などの高度な安全性の実現と、効率的な保守を可能にします。かつて特別車両で収集・蓄積した架線や線路などのデータを、メンテナンス拠点で分析処理していた時には、結果が出るまで10日間もかかっていたそうです。
このAIによるリアルタイムの画像データ、振動・温度・摩耗などのセンサー情報、稼働・運行ログ、信号・制御データ、環境情報など多様なデータの分析を、車両、信号、インフラ管理の全てで可能にするのがHMAXです。これにより、鉄道会社様は効率的な運用や安全性の向上、コスト削減や顧客体験の向上といった課題を一気に解決することができます。すでにイギリスやイタリアなどヨーロッパの鉄道会社様で採用されており、HMAXは、こうした日立のアセットが可能にしたソリューションです。
ドメインナレッジの重要性
――パートナーとしてお客さまのコア業務を変革してきた経験から、重田さんが大切にしていることは何ですか。
重田
コア業務の変革というのは、例えばコンサルタントを中心にしたアプローチや、データサイエンティストやAIエンジニアなどによる技術的アプローチなどやり方はそれぞれだと思います。日立は、Lumadaという豊富なユースケースやツールを持っていたり、さまざまな現場の知見があって、IT×OT×プロダクトというアセットを生かせるという特徴があります。それでもお客さま個別のコア業務に、同じものはありません。重要なことは、お客さま業務固有のドメインナレッジを深く読み解き、それをAIなどのテクノロジーで生かせるかどうか。ドメインナレッジをどこまで尊重するかが、DXにはとても大切です。
例えばダイキン工業株式会社様と日立の協創に、工場設備点検へのAIの導入があります。熟練の保全マンは、工場設備で故障を発見した時に、その原因を短時間で特定し、対策を提示します。この工程を代替するAIエージェントを開発し、現在は10秒以内に90%以上の精度で故障原因の特定と対策の回答ができており、経験の浅い技術者を十分にサポートできるとの評価をいただいています。
この取り組みでチャレンジしたのは、単に保守の手順をAIに覚えさせるのではなく、熟練者の勘・コツ・経験というものをどうAIに学習させるかということでした。私たちが注目したのは、熟練者が故障を発見した時に図面を広げ、原因分析を行うところでした。図面には、熟練者だけが読み取れる暗黙知が描かれている。しかしそれは、既存の図面専用ソフトで読み取ることはできません。熟練者は、配管図のバルブやスイッチ、フィルターといった記号だけでなく、それぞれの関係性を深く理解しているから、「この圧力計の数値が上がっているということは、何番目のフィルターに問題があるのではないか」という推論ができるのです。日立には、安全工学や工場での設備保守のバックグランドを持つエンジニアがいますので、この図面にある関係性や役割といった勘・コツ・経験の領域の情報までを粘り強く読み解き、AIに学習させました。すると、回答の精度が格段に上がったそうです。
熟練者の暗黙知というドメインナレッジには、表層的な故障履歴にはない重要な情報が含まれている。そこに気づき、踏み込んだからこそ、次世代に熟練者の技を継承できるAIを作ることができました。ダイキン様はグローバルでビジネスを行っていますので、世界中の工場で熟練者の勘・コツ・経験を生かした保守が可能になりました。私たちがドメインナレッジにこだわるのは、標準化できない暗黙知の中に業務改革のアイデアが眠っているからです。こういった経験はOne Hitachiで共有され、次に生かされていきます。
壁を破るデジタルエンジニアリング
――最後に、「未曽有の不確実性」の時代に、変化に対応するためのポイントを教えてください。
重田
詳しい解説はホワイトペーパーにまとめてありますので、そちらをご覧いただければと思いますが、ポイントは3つあります。まず1つ目は、変化に即応するためのアジャイル開発です。2つ目は、従来のシステムとどう融合させるのかというモダナイゼーション。3つ目が、組織の壁を超えた連携で新しい価値を創造するクロスバウンダリー・イノベーションです。第2回でお話ししたGlobalLogicとノジマ様との協創は、アジャイル開発でなければできませんし、各セクションの意思決定者が壁を超えて集まっていたから、あのスピードが実現できました。新しいアプリだったのでモダナイゼーションは課題にはなりませんでしたが、通常の業務変革では、既存のシステムをどう変化に対応させるかという課題は付いてまわります。この3つを力にすることができれば、VUCAの時代の変化にも対応できるはずです。
お客さまの課題の特定からシステム開発までを包括して行うやり方をデジタルエンジニアリングと言いますが、GlobalLogicはその分野のリーディングカンパニーです。今回お話しした日立の強みや経験、そしてGlobalLogicという新しい力。これをOne Hitachiで集約して、私たちはお客さまの業務変革に取り組みます。信頼できる事業変革のパートナーが必要な時には、ぜひお声がけください。
重田 幸生(しげた ゆきお)
DXコンサルタント/Executive Director
元 株式会社野村総合研究所 パートナー。同社で電機・機械・エネルギー業界を中心に経営コンサルティング活動に従事。2023年4月1日に日立製作所デジタルエンジニアリングビジネスユニットに参画し、現在は、AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットにて、日立グループ内外のデジタルソリューション・ケイパビリティを組み合わせて顧客の事業成長・変革を支援。そのための案件・顧客開拓活動、協業活動を主導する。東京工業大学工学院サステイナビリティチャレンジにてメンター代表、審査委員も務める。