IGPIグループ会長 兼 日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長 冨山和彦氏
2025年2月21日、「デジタルと協創で導く 企業変革と新たな価値創造」をテーマに日立製作所主催のイベントを開催した。ゲストはIGPIグループ会長 兼 日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長 冨山和彦氏。冨山氏による特別講演、およびLumada Innovation Hub Senior Principalの加治慶光、日立製作所執行役常務 CIO 兼 ITデジタル統括本部長 貫井清一郎、冨山氏の3名で行われたトークセッションのイベント採録を5回に渡ってお届けする。第1回は、冨山氏の特別講演「日本企業の飛躍に向けた価値創造のためのDXとCX」前編。

CXに求められる3つの変革

これから価値を生み出すDXを実現するためには、企業を根本から変革するCX(コーポレート・トランスフォーメーション)が必要になります。CXには、大きく3つの変革が求められていて、1つ目はデジタルによる変革です。今はモノ単体で付加価値を提供できる時代ではなくなり、お客さまは自分たちの課題を解決するソリューションに対してお金を払うようになりました。それを可能にしたのがデジタルです。

2つ目として、労働供給制約という人類史上はじめてのことが今起きています。資本主義が生まれてからこれまで、マクロ経済における政策というのは、常に人が余っていることが前提になっていました。しかしこれからは、人手が足りないことが全ての前提になります。これも企業に大きな変革を迫る要因です。

3つ目は、資本市場の変革です。かつての日本企業と資本市場というのは、年に1回の株主総会を乗り切ればそれでよかったわけですが、今や資本市場を舞台に企業の政権交代が起きる時代になりました。敵対的TOBをかけられてみんなが応じてしまえば、オーナーが代わってしまう。あるいは株主総会で、「この社長駄目なんじゃないの?」とみんなが反対票を投じれば、社長交代が起きてしまう。私たちはこのような3つの革命的変化の中にいるのです。その時に、企業そのものが本質的なところで変容していかないと、この状況に対応することはできません。

人手不足

これはリクルートワークス研究所が出している近未来の労働需給予測ですが、2040年にこの国はなんと1,100万人の人手不足に陥ります。ほとんどの未来予測は当たりませんが、人口動態だけは確実にそうなります。今この瞬間も日本中で人が足りないと言っていますが、来年はもっと厳しいし、再来年はもっと厳しくなる。もう2040年ぐらいまでの未来はすでに決まっていますから、私たちはそれを前提に経営を考える必要があります。

日本ではバブルが崩壊してから30年以上、人手が余っていました。その上不景気でデフレが続いていましたから、コストと賃金を抑制しながら雇用を守り、値下げで商売を防衛する。それが典型的なビジネスモデルでした。ところが今こんな経営をしていたら、人がいなくなってしまいます。人が辞めると商品やサービスの供給ができなくなり、売上もシェアも喪失するということが起きるのです。

30年間以上続いたビジネスモデルを変えるのは容易なことではありませんが、これからは賃上げをして人財の流出を抑え、付加価値を上げることで収益を拡大する。そういうモデルに経営手法を180度変える必要があります。

私たちは地方の路線バス会社の経営に取り組んでいますが(※)、なぜ地域のインフラであるバス会社が撤退を余儀なくされるのかといえば、最大の理由は運転手の不足です。人手が余っているから安い給料でも運転手は働いてくれる、そういうこれまでの前提では運転手は減る一方です。発想を逆転し、生産性を上げて運転手の賃金も上げていかなければ、地方のバス事業は成り立ちません。そのためには、自動運転などデジタルの力を活用することが必須になります。地方のインフラを守るためには、この意識変容が何より重要です。

※ 日本共創プラットフォーム(JPiX)が100%出資している株式会社みちのりホールディングスは、地方の路線バス再生などを通して公共交通ネットワークの最適化をめざしている。

付加価値労働生産性

経済学の指標で、付加価値労働生産性というものがあります。これは付加価値額を労働投入量で割った数字であり、単純化すると粗利を労働時間で割った指標です。この指標を見れば、簡単に事業の状態を把握することができます。これが下がっている事業や企業は、賃金を上げることができませんから、人がいなくなってしまうので先々厳しくなる。結局今の経営的な勝負は、付加価値労働生産性をどう上げるか、これに尽きます。

これからの経営者は、デジタルを使って競争力のあるソリューションを提供し、いかに少ない労働投入量で高い付加価値を生み出すかが成否の分かれ目になります。ちなみに、付加価値労働生産性に総労働時間を掛けると国のGDPになりますから、これを上げていかないと企業も成長しないし、日本経済も成長しません。

今の日本の付加価値労働生産性ランキングは、世界でなんと30位です。私たちが1時間当たりで稼ぐ力が世界で30位だと聞いて、愕然としませんか。トップのアイルランドは、1時間当たりで私たちの3倍稼ぎます。ということは、アイルランド人と同じ所得を稼ごうと思ったら、私たちは24時間働かなければなりません。本来日本人というのは、教育水準が高いし、勤勉で規則正しくチームワークに長けた人間が集まっているはずです。それがなぜこうなってしまったのか。

日本はこの30年間、ずっと人手が余っていました。さらにデジタル化とグローバリゼーションによって、特に大規模製造業が雇用を失い、その人たちの受け皿となったのがサービス業です。ここでは生産性を上げない方が、多くの雇用を吸収できた。私は、むしろ生産性を下げる、つまり低賃金・長時間労働で歯を食いしばって働くことで雇用を守ってきたのだと思います。だから、デフレ・ビジネスモデルの癖がついたのです。

DX、CXで生産性を向上させる

しかし今はもう、生産性を抑える必要は全くなくなりました。何しろここから先はずっと人手が足りないわけですから、どんなに生産性を上げても失業者は増えません。雇用を守らなければいけないという呪縛から解放された今だからこそ、経営者はデジタルを活用したDX、CXでガンガン生産性を上げることに集中できます。

私は20年ほど前、デフレ不況のど真ん中の時期に産業再生機構でカネボウやダイエーの再建に取り組みましたが、これは本当に厳しかったです。当時はリストラされると、仕事がないのでなかなか転職できませんでしたから。しかし今は、企業再生の時でも人手が足りませんから、リストラなしで生産性の向上に取り組めます。本来の日本人の能力からすると、付加価値労働生産性ランキングで上位にいなければおかしいわけですが、もしトップ10に入ることができたら生産性は倍になっていることになる。ここは日本の伸びしろだと思います。

特に生産性が低くて伸びしろがあるのは、ビジネスにおいても社会においても、ローカルなサービスです。例えば物流や鉄道、電力といったローカルなオペレーションが必要な事業は、やはりまだ生産性が低い。日本の産業の7割を占めるローカル経済圏というのは、生産性を上げることを社会的にも期待されている、しかもDXやCXの使い道がまだまだあるゾーンなのです。

先ほど地方におけるバス事業再生の話をしましたが、人手不足と生産性という両方の課題を自動運転などデジタルの力で解決するというソリューションは、日本中で求められていますし、同じ問題が起きている世界でも求められています。このようなローカル経済圏でのビジネスモデルこそ、世界を変えていく。そういう時代になっているということです。

第2回は、5月28日公開予定です。

冨山和彦(とやまかずひこ)
IGPIグループ会長 兼 日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレートディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。その後経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEOとして活動。現在はIGPIグループ会長であり、日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長を務めるほか、パナソニックホールディングスやメルカリの社外取締役、日本取締役協会の会長も務める。さらに、内閣官房や内閣府、金融庁、国土交通省などの政府関係委員も多数務める。主著に『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』など。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。