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「第5回:優等生でなく、常識を打ち破る「超越人材」を」
科学の営みの刷新と観測技術の進展に期待
――気候変動や災害への対応などの課題解決に向けて、大学をはじめとするアカデミアの役割については、どのようにお考えでしょうか。
沖
私自身がそうであったように、旧来からある学問の姿にこだわることなく、新しい取り組みをしていくべきだと思っています。しかし、優等生であればあるほど古い価値観に素直に従い、これまではそれが評価もされてきたわけですが、そこからは社会を変えるようなイノベーションは生まれにくいのではないでしょうか。むしろ、脱優等生が大事だと思っています。
実際に、水研究を見ても、旧来からある水理学より水文学のほうがいまでは勢いがあるのは、科学のあり方そのものを革新してきたからと言えます。水文学自体も進化していて、近年では、水と社会の相互作用を明らかにする社会水文学といった新しい学問も生まれています。
もちろん、観測手段のブレークスルーによって学問が発展してきたように、基礎研究に資するような、新しい観測手段の開発も必要です。現在、その一つに衛星観測に基づく水面標高の研究が期待されていますが、これが実現すれば現地に行かなくても、空から流量が推計できるようになる。同様に、地下水の流れや地下の構造も簡単に計測できる方法が見つかることに期待しています。
新しい常識を生み出す喜び
沖
また、これから研究を担う次世代の人たちには、新しい観測手法やAIといった解析ツールをとりあえず試してほしいと思っています。というのもその時その時に利用可能な知識や研究手段を極限まで使って、ようやく斬新でオリジナルな成果につなげることができるからです。長い目で見れば、学問も社会も必ず変化していきますが、それは私たち全員の日々の行いの集大成です。そうしたなかで、新しい常識の形成と普及に少しでも貢献できるとしたら、学者としてこれほどの喜びはないでしょう。
では、その新しい常識を生み出すのは誰か。冒頭でも申し上げたように、それは優等生ではありません。優等生の枠からは少しはみ出していて、世間のしがらみからも自由である人財こそが重要です。私はこうした人財を「超越人材」と名付けています。新しい研究には批判はつきものですが、そうした声にめげないだけの根拠のない自信と楽観的な態度を持ち合わせ、自分の興味や関心に従って失敗を恐れずに挑戦し続けられる人こそが必要です。そうした人たちに常識を覆すような取り組みをしていってもらいたい。
図 優等生と超越人材
そうした取り組みが生まれないのであれば、日本の未来は悲観的にならざるを得ません。人口も減り、エネルギーも輸入に頼り、食料自給率も低いなか、現状の生活水準を維持し続けようとするなら、やはり海外の人たちが欲しいと思うようなモノやサービスを生み出す以外にないからです。検索エンジンを始めとする多くのITサービスを海外企業に依存し、デジタル赤字に悩まされる状況をなんとか変えていってほしいと思っています。
長期的な視点に立った経営が次世代の希望に
――最後に、企業経営に携わる方たちに向けて、メッセージをお願いします。
沖
やはり、長期的視野で経営を考えなければならない時代になっている、ということを認識していただきたいですね。これからは環境問題への対応により社会構造も大きく変化していきます。そうした変化の兆候を踏まえたうえで、企業としてどのような取り組みをしていくのか、次世代へのメッセージを力強く発信していってほしいと願っています。
2050年といえば、まさにいま就職活動をしている学生たちが社会で活躍している頃でしょう。その彼ら彼女らに向けて、企業が2050年を見据えて、長期的にどんな取り組みをしていくのか、社会にどう貢献しながらビジネスをしていくのか、という明確なメッセージの発信こそが、若い世代にとっての希望となるのではないでしょうか。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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沖大幹(おき たいかん)
東京大学総長特別参与/大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授/未来ビジョン研究センター教授(兼任)。
1964年生まれ。1989年東京大学大学院工学研究科修了、1993年博士(工学)。東京大学生産技術研究所教授等を経て、東京大学大学院工学系研究科教授。2016年より21年まで国連大学上級副学長、国際連合事務次官補を兼務。専門は水文学。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書統括執筆責任者等を務めた。2024年8月に「水のノーベル賞」といわれる「ストックホルム水大賞」を受賞。著書に『水危機 本当の話』(新潮選書、2012年)、『水の未来――グローバルリスクと日本』(岩波新書、2016年)他。