一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
近年よく見られるSDGsバッジ。これを着けていることも、二流経営者の条件だと楠木氏は指摘する。SDGsバッジに代わるものとして氏が着用を勧める、新たなバッジとは。

※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。

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「条件3:SDGsバッジを着けている。」
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「条件5:何をしないのか決断しない。」はこちら>
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これまで何度もお話ししてきたように、商売の優劣を測る最上の指標は長期利益だというのが僕の考えです。長期利益こそが経営者のあらゆる判断の基準であるべきです。長期利益が出ているということは競争の中で顧客に独自の価値を提供できていることの証明です。経営者がしっかり儲かる商売をつくれて、初めて雇用をつくれる。賃上げができる。で、従業員が幸せになる。長期利益を上げ続けていれば、やめてくれと言っても資本市場で評価される。結果的に株価も上がり、株主もハッピーです。

企業ができる最大の社会貢献は何か。これも「長期利益を上げること」にほかなりません。企業ができる社会貢献の99%は法人所得税を支払うことです。ワクチン一回打つのにもコストがかかる。その財源は税金です。社会的な目的のために使える富を創出する。バンバン儲けてバンバン納税――これ以上の社会貢献はありません。

「going concern」という言葉が好きな人がいます。企業は長期継続が大前提ですから、当たり前の話です。ただ、存続は経営の目的にはなり得ません。あくまでも結果です。長期利益を犠牲に存続している企業には存在理由がありません。

利益=WTP-Cというシンプルな式が基本です。WTP(Willingness to pay)とはその言葉どおり、お客さまが「支払いたい」と思う水準です。企業側からすると売上です。お客さまが競争の中で価値を感じて払いたくなる。だから売上が立つ。WTPを高めるには当然、コスト(Cost)がかかる。要するにWTPからCを引いた残りが儲けです。

だとしたら最終的には3つしかありません。1、WTPを上げる。2、コストを下げる。3、できたらその両方。ヒジョーにシンプル。どうやったら長期利益を生み出せるのかという勝利条件が、めちゃめちゃ明確。僕はこれこそ、ほかの活動にはない、商売の絶対的な美点だと考えています。

論理的に言って、家庭の経営のほうが会社の経営より難しい。「幸せって何だろう?」という話になると、夫婦や親子で話が合わなくなってくる恐れがあるからです。政治もそうです。自民党と共産党がどんなに話し合っても、話は合わない。「何がいいか」というところで意見が合わないからです。話せば話すほど話が合わなくなる。これが政治の多元性です。一方の商売はスカッとしている。「こうやったらもっと儲かりますよ」と話を持ってこられて嫌な顔する人はいないんです。

裏を返すと、余計なことを考えるところから経営は駄目になっていく。夜のお食事の時間になると突然「腹を割って話します」と言ってくる経営者がいます。今までの時間、何だったのか、という気分になります。朝イチで腹割ってくださいよ、という話です。WTPが増えるのか、コストが下がるのか――商売は政治と違ってシンプルなんです。複雑なことは家でやっていただきたい。

例えば、ESG。Environmental、Social、Governance。どれも大切に決まっています。だれも反対しない。ただし、です。経営者が真剣に長期利益を追求しさえすれば、ほぼ自動的にESG条件は満足されるはず。今どきEが駄目だと、お客さまは選んでくれません。Sがへろへろだと、だれも働きに来てくれません。Gが駄目だと株主に愛想を尽かされます。つまりは儲からない、ということです。ESGは長期利益と相反するものではありません。長期利益の手段であると言ってよい。

サステナビリティ1つ取っても、もはや実需です。例えばユニクロの商品を見ると、一番売れているアイテムは「エアリズムコットンオーバーサイズTシャツ」。表面の素材はコットンですが、身体に触れる裏側がエアリズムという素材で出来ていて、さらっと涼しい。エアリズムは東レと共同開発した素材で、現在ではリサイクルしたペットボトルを原料に使っています。かなり難易度の高い再生技術にきっちり投資し、商品化している。結果、売れている。お客さまのWTPが上がっているわけです。

30年前だったら、環境に良いことを消費の基準にしている人はあまりいませんでした。よっぽど社会問題について考えがある人に限られていた。しかし今では普通のお兄さん、お姉さんがサステナビリティを考慮に入れた買い物をしている。サステナビリティが競争市場における実需になっている。

SDGsもまったく同じです。17個ある達成目標の14番は「海の豊かさを守ろう」、15番は「陸の豊かさも守ろう」。だれも反対しません。大正論です。ただ、SDGsバッジをスーツに着けている経営者を見ると、「みっともないな……」と思います。

なぜか。SDGsの達成目標のイの1番にきているのが「貧困をなくそう」。NPOやNGO、政治家がSDGsバッジを着けているのはともかくとして、商売をやっている経営者であれば「貧困をなくそう」なんて言う前に、さっさと自分の会社の従業員の給料を上げるべきです。そのためにもっと儲かる商売をつくるべきです。それができずして、なぜアフリカの貧困が解消されるのか――。

僕は「SDGsバッジ剥奪運動」を展開中です。しかし、どうしてもバッジをつけたいという人がいる。そこで代案を考えました。「長期利益バッジ」です。

中心に長期利益があって初めて、いろいろな色の目標を実現できる。この順番が大切です。僕は長期利益バッジをつくって経営者相手に売ろうと目論んでいます。短期利益が実現できそうです。(第4回へつづく

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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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