一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
「一流経営者は千差万別。二流経営者はみな同じように駄目」――そう喝破する楠木氏。今回は2カ月にわたり、楠木氏が考える「二流経営者の条件」をお送りする。

※本記事は、2023年8月1日時点で書かれた内容となっています。

「条件1:激動期おじさん。」
「条件2:掛け声をかける。」はこちら>
「条件3:SDGsバッジを着けている。」はこちら>
「条件4:短期バランスをとろうとする。」はこちら>
「条件5:何をしないのか決断しない。」はこちら>
「条件6:シナジーおじさん。」はこちら>
「条件7:未来予測の記事を読みたがる。」はこちら>
「条件8:マクロ環境他責。」はこちら>
「条件9:話がつまらない。」はこちら>

幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家庭にそれぞれの不幸の形がある――トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の有名な書き出しです。僕が思うに、経営者については「逆アンナ・カレーニナ」が当てはまります。優れた経営者は千差万別だけれども、二流経営者はみな同じように駄目。ですから、駄目な人についてのほうが、特徴を記述しやすい。今回は、「これぞ二流経営者」という特徴を9個挙げていきます。

しばらく前に『逆・タイムマシン経営論』という本を書きました。この本のメッセージは「新聞・雑誌は10年寝かせて読め」。メディアは連日、DXとかジョブ型雇用とか脱炭素とか生成AIとかいう話をしています。こういうのは今に始まった話じゃない。これまでもずっとそのときどきの、今で言う大規模言語モデルのように多くの人の注目を集める重要なトピックが散々発信されて、散々議論されて、いろいろな人がいろいろなことを考えて、いろいろなことをやってきた。そうした成り行きを振り返ると見えてくるものがある――これが『逆・タイムマシン経営論』のアイデアです。

『逆・タイムマシン経営論』を書いたときに、僕はさまざまな新聞や雑誌を戦後くらいまでさかのぼって読みました。特に面白かったのは、日本の経営者に一番読まれていると言われている『日経ビジネス』です。1969年の創刊号から全部読んだ結果、見えてきたものが「同時代性の罠」です。

例えば今で言う「カーボンニュートラル」のように旬のトピックほど、その同時代のステレオタイプ的な物の見方が強く入り込んでいます。それが、受け手である我々にもバイアスをかける。「同時代性の罠」の1つに、僕が「激動期トラップ」と呼んでいる現象があります。例えば、コロナが流行って大騒動になる。すると、「今こそ激動期だ」と言いたくてしょうがないおじさんが出てくる。私的専門用語で言う「激動期おじさん」です。そういう人たちは、何かあるとすぐに「100年に一度の危機」「戦後最大の危機」というフレーズを持ち出す。言っているだけで、気持ちイイらしいんですね。

『日経ビジネス』では、2020年のコロナ騒動は23回目の「戦後最大の危機」です。2年後には、24回目の「戦後最大の危機」、ウクライナ侵攻が起きる。これはどういうことか――僕の答えは、「人間社会だから」に尽きます。限られた時空間に、それぞれに利害を抱えた人がたくさんうごめいている。そんな人間社会で安定なんてあり得ない。それが証拠に、いまだかつて「今こそ平常期」という記事は見たことがない。いつも「今こそ激動期。これまでのやり方は通用しない」と言っている。

論理的に言って「激動」は連続しません。つまり、その状態が普通ということです。商売や経営もつねに激動期。激動という表現が妥当かどうかは別にして、世の中は絶対に安定しない。もし本当に人間社会が長期的に安定するようなことがあれば、それこそ100年に一度の危機――激動期だとすら思います。僕はそういう社会認識を、物事を考える際の前提として持っています。

「日本的経営が崩壊しつつある」と言う人がいます。今から47年前、1976年の『日経ビジネス』に「揺らぐ日本的経営」という特集記事がありました。――日本的経営は崩壊する。いわば日本的経営の中で醸成された企業倫理が、まったく異質の論理による挑戦を受けている――これを読んで僕は思いました。半世紀にわたって崩壊し続けている。しかも、いまだに「崩壊しつつある」ということは、まだ崩壊し切ってない。日本的経営、どれだけ盤石なんだよ――という話です。それもこれも、「日本的経営」という主語に問題があります。こんなユルユルの主語を使って何を議論しても意味はありません。「激動期だ激動期だ」と言っている「激動期おじさん」はひたすら考えがユルイ。

「激動期おじさん」の経営者に「どうする?」と聞くと、「判断が難しい」――「なぜですか?」「いや、激動期だから」。難しい判断をするのが経営者の仕事のはず。

現象が変わっていくからこそ、変わらない軸足が必要です。論理こそが経営の軸足です。経営の背後にある論理はそう簡単には変わらない。「いろいろあるけど、要するにこういうことだよな」――このセリフが出てくる人は、論理を持っている。論理を持たない経営者は、変化を前にすると目を回してしまう。だから、アクションやディシジョンを打てなくなる。これが二流経営者です。(第2回へつづく

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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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