一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏
2022年3月16日にライブ配信した、楠木建氏と山口周氏による対談「資本主義のこれから」。最終回では、聴講者からの質問に、お二人ならではの考察を交えてお答えいただく。

「第1回:プロジェクトファイナンスと資本主義。」はこちら>
「第2回:イタリアに見る、資本主義の成熟。」はこちら>
「第3回:資本主義と社会主義は真逆なのか。」はこちら>
「第4回:Q&Aライブ」

Q2:「権威的な資本主義」についてどう考える?

欧米の民主的な資本主義に対して、中国などの権威的な資本主義の胎動が起きています。大きな投資がスピーディーに行われる面もあるそうですが、このような権威的な資本主義についてどのようにお考えですか。

山口
中国の話ですが、昨年3月に5カ年計画を発表したときに、GDPの目標値を掲げなかったんです。あの中国が、です(その後、別途発表)。成長よりも分配を重視する「共同富裕」という考え方で、経済目標を立てるよりも格差を是正するほうが国家としては喫緊の課題だと判断したからです。

背景には、中国版Twitterの微博(ウェイボー)を活用したディープラーニングがあります。微博でどんな人がどんな文句をつぶやいているかを拾い上げて分析したところ、経済成長を望む声よりも、格差に対する恨み節がすごく増えてきているのがわかった。それで、国としては「共同富裕」の方向に舵を切ろうと決めた。議員同士が議論したのではなく、ビッグデータをもとに国の方針を決めたんです。

楠木
周さんとしては、それをポジティブに捉えているんですか。

山口
ポジティブです。ただ、より適切に資本主義が機能するには2つの条件があります。まず、優れた人材を意思決定者に選出するためのシステムがあること。なおかつ、国民の声を吸い上げて可視化するシステムがあること。

楠木
それも中国みたいな権威主義的な体制があるからこそできることですよね。

山口
そうですね。でも日本でも、Twitterやmixi、Facebook、ニコニコ動画など、いろいろなプラットフォームからみんなの声を拾ってくることはできると思うんです。以前、「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログがものすごく注目されて、1人の声で世論が一気に動いたことがありました。これは極端な例でしたが、国民のいろいろな声を拾い上げて国策に反映することは、本来必要なはずです。

楠木
つまり周さんがイメージしているのは、代議制のように間接的な民主主義ではなく、直接民主主義的だと。ただし、これまでの直接民主主義は、例えば「憲法変えますか、変えませんか」といった局所的な選択肢に対してしか投票できなかったわけですが、人々の考えを広範に拾ってくれば、もっと微妙な問題の解決にも生かせるし、より適切な配分を決められると。

山口
なかなか実現は難しいでしょう。でも、極論すると、民主主義の政治のあり方にしても自治体の運営や企業の経営にしても、2000年間ずっとイノベーションが起こっていません。福澤諭吉がタイムマシンに乗って今の日本に来たとしたら、車とかスマホを見て「何だこれは!」といちいち驚くでしょう。でも国会を見ると、「まあ、ここは変わってないな」と。

楠木
そうでしょうね。

山口
政治というものは、極論すれば情報しか扱わない営みで、国会というものは「情報処理システム」そのものなのに、情報技術のイノベーションがまったくシステムのパフォーマンスを上げるために取り入れられていない。

気を付けなくてはいけないのは、リプレースの話で楠木先生もおっしゃっていましたけど、実際に物事が本当にいい方向に変わっていくときは、レボリューション(革命)ではなくエボリューション(進化)なんです。レボリューションによって作られたシステムは、だいたい悲惨な結末を迎えている。

楠木
18世紀のフランス革命とか。

山口
ええ。一方で、進化というのは細かいトライ・アンド・エラーをたくさん繰り返しながら前に進んでいくので、原理的に失敗のしようがない。『ポケモン』では突然形が変わることを進化と呼びますが、あれは生物学的に言うと進化ではなく「変態」です。進化は、ものすごく長い時間をかけてゆっくり少しずつ、微妙に変わっていくもの。資本主義も、どこかのタイミングで大きくガバッと変わるのではなく、少しずつしか変わっていかないものです。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。

著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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