一橋ビジネススクール教授 楠木建氏

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「第3回:自己利益と他者利益。」
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※本記事は、2022年3月9日時点で書かれた内容となっています。

『GIVE & TAKE』* は、2種類のギバーの行動原理を区別しています。1つは自己犠牲。これだとどんどん自分の身を削ることになるので、なかなかもたない。もう1つが他者志向性です。
*『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』

凡庸なビジネス書は「これからはこういうことをしなきゃいけない。頑張れ」というかけ声に終始します。この本が言っていることは180度逆で「頑張るな」。頑張ってしまうと、テイカーになってしまったり、ギバーであっても自己犠牲的になってしまう。

なぜ「頑張るな」なのか。ギバーであることは、人間の本性だからです。もともと人間が持っている本性を正面から見据えると、実は自然とギバーの面を持っていることが見えてくる。人間関係をはじめとする他者との相互作用を見る際の前提を変えれば、無理やり努力しなくても自然とギバーになる可能性が開けていく。『GIVE & TAKE』のロジックは非常に明るいものです。これがイイ。

自己利益と他者利益をトレードオフで考えるという見方があります。他者に利益を渡すということは、自分の利益がなくなる。そうだとすれば、人のために何かしてあげたいなって思っても、自分にとっては損になるのでなかなか行動できなくなる。せいぜいマッチャー止まりです。

しかし、です。自己利益と他者利益というものは1つの次元の両極ではない。必ずしも相反するものではない。ギバーの場合、他者に利益を提供することが自分にとっても気分がいい。つまり自己利益になるわけです。自己犠牲もある意味、尊い行為ですが、結局のところ自己利益と他者利益のトレードオフから抜け切れていない。

成功するギバーは自己犠牲ではなく他者志向性を持っています。例えばチームで仕事をするときに、自分の取り分を心配するのではなく、みんなの仕事がうまくいくように自分も行動する。みんなで高い成果を出すことを目的に設定する。このとき、自然と人間は他者志向性を持ちます。それは自己利益と相反するものではない。

つまり、「その仕事をせずにはいられない」という意義を見いだしていることが、ギバーであることの重要な条件だということです。自分にとって意義があること、楽しめることを単純に追求している。こういう状態まで来れば、ギバーは他人に与えるだけではなく、自分自身にも与えていることになります。しかも、その意義を感じるときに他人と自分が一体化し、他者に対する共感が生まれる。全然、自分を犠牲にしていない。

言い換えると、本当のギバーというのは、ギブすることによって他者を助けるだけではなく、その意義に向かって仕事をする自分自身を助けている。これが、「自然とギブする」という人間の本性です。

僕がずっとお手伝いしているファーストリテイリングが運営しているユニクロの店舗(ミラノにある旗艦店)に、アフリカ出身のファマラさんという従業員がいます。彼は政治難民として母国を離れ、いろいろな国を転々とし、2014年にイタリアに受け入れられました。イタリアではハンバーガーショップをはじめいくつかの職場で働いたのですが、将来の希望が持てなかった。最終的に落ち着いたのが、2019年にオープンしたユニクロのイタリア1号店でした。それから数年経ち、現在のファマラさんはベストスタッフ賞を受賞するなど大活躍しています。

ファマラさんを採用したのが、イタリアのヘッドのアレサンドロさんという人です。この人は優れたギバーのモデルだと思います。まず、難民雇用という意義が人々の共感を生む。しかもユニクロのビジネスは、人々の生活を快適にする部品を「LifeWear」として提供しているという考え方です。人々の生活に寄り添うという点でも、ファマラさんの採用はユニクロのビジネスそのものと非常に親和性が高い。

人それぞれにいろいろなLifeがあるなかで、ファマラさんのような背景を持った人がユニクロの一員になると、LifeWearというビジネスに対する従業員や消費者の理解が深まる。しかも、ファマラさん本人は現場で非常に活躍してくれているので、アレサンドロさんとしても助かる。このように、自己利益と他者利益を区別しないどころか、それらが一体化している状態こそがギバーなのです。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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