znug design 根津孝太氏/日立製作所 研究開発グループ 中垣亮・山岡士朗
日立の研究開発グループによるウェビナー「モビリティ “Moving into the Future City”」にて配信された、パーソナルモビリティをテーマとした鼎談。3回目は、モビリティにつきものである交通事故のリスクと安全性の確保について、自動運転制御を研究している日立の中垣亮と、超小型モビリティ「rimOnO」をデザインした根津孝太が語り合った。

「第1回:『身体拡張』としてのモビリティ」はこちら>
「第2回:人間のパートナーとしてのモビリティ」はこちら>
「第3回:モビリティの安全保障」
「第4回:新しい技術がもたらす、パーソナルモビリティの可能性」はこちら>

危険を学習するモビリティ

丸山
先ほど、モビリティが人間にとって非常に身近な存在になっていくのではないかというお話がありました。しかし、従来の自動車のように歩車分離された安全な領域を走るだけではなく、人間の歩行圏をもパーソナルモビリティが走るようになったとき、その安全性をだれが保障すればよいのでしょうか。自動運転制御の研究開発をしている日立の中垣さんはどのような意見を持っていますか。

中垣
自動的に動くモノが人とぶつかっても安全なように、技術面で何かできることはないか。例えば、衝突した瞬間に車体が柔らかくなって衝撃をやわらげるといった夢のような技術を作り出せないか。実はそんなことも視野に入れて研究を進めています。

車を運転しているときに歩行者が飛び出すと、クラクションを鳴らしますよね。「ブー!」と強く鳴らすか、小さく「ププッ」と鳴らすかで、相手のリアクションも違ってくると思うのです。モビリティが自律化することで、状況によって優しくクラクションを鳴らすかどうかを判断したり、あるいはクラクションを使わずに周囲の交通インフラと連携して歩行者に危険を喚起したりといったことができるようになれば、歩行者とモビリティがコミュニケーションを重ね、お互いが学習することで、より安全で快適なコミュニティが構築されていくのではないでしょうか。

日立 中垣亮

具体的には「この道を通るとこういう危険がある」「このおばあちゃんはこの時間にこういうふうに交差点を曲がってくる」といったことをモビリティが学習する。今は大げさに聞こえるかもしれませんが、実は近い将来そういった感性をモビリティに持たせることをめざしています。

人間よりも心配されるモビリティ

丸山
モビリティが危険を冒しそうになったときにトントンとその肩を叩く「ナッジ」のようなものの開発や、強面の金属車体が放つ従来型の車とは大きく違うキャラクターを持ったモビリティにも、根津さんは以前挑戦されていました。

根津
2016年に発表した「rimOnO(リモノ)」ですね。まさに「車の存在感を変えたい」をテーマにデザインした超小型モビリティです。小さくて軽い、ゆっくり走るといった物理的な特性以上にこだわったのが、車体をスポンジと布で覆ったことです。

根津氏がデザインした「rimOnO」。

実際に触ると柔らかいというだけではなく、素材が出すオーラも柔らかいのです。鉄には鉄、アルミにはアルミのオーラがあるように、「rimOnO」にはスポンジと布特有の優しいオーラがあるので、女性がハグしに来てくれることもありました。そういったぬいぐるみのような存在にしたいという思いで車を再定義することで、最終的には、衝突してしまったときに人よりも車のほうをみんなが心配するくらいの存在にしたいと考えました。

丸山
人よりも車のほうが弱い存在だと。

根津
そうです。先ほどの中垣さんのお話に「優しい」という形容詞が出てきましたが、素晴らしい発想だと思います。モビリティに人格を持たせることで「あの子はクラクションの鳴らし方が優しいね」といった会話が生まれる。そんなシーンが当たり前になる将来を、中垣さんのお話を聞きながらイメージしていました。もちろん、事故は避けなくてはいけませんから、物理的にできうる対策を施さなくてはいけませんが、それでも事故が起きてしまったときの事態の収まり方というか、「人の心の収まり方」をどう設計していくかが大事だと思います。

左から根津孝太氏、日立の中垣亮、山岡士朗。

中垣
自動運転が交通事故を起こした場合の責任の所在については、社会的にも議論になっています。人が従来の自動車で事故を起こした場合には、当事者同士の背景も勘案されたうえで、だれがどう責任をとるのかが決まりますが、事故の当時者がモビリティとなると、もっと定量的に、スムーズに責任を配分できるかもしれません。そのように交通事故が起きた場合のやりとりのフォーマットを変えていけば、モビリティを所有する人々の負担が減るとともに、自動運転の普及が加速し、社会がよりよい方向に変わっていくのではないでしょうか。(第4回へつづく)

「第4回:新しい技術がもたらす、パーソナルモビリティの可能性」はこちら>

根津孝太(ねづ こうた)
クリエイティブコミュニケーター、デザイナー。1969年、東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社後、愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年、有限会社znug designを設立。多くの工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、ものづくり企業の創造活動の活性化にも貢献。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク『zecOO』、やわらかい布製超小型モビリティ『rimOnO』などのプロジェクトを推進する一方、GROOVE X『LOVOT』、トヨタ自動車コンセプトカー『Camatte』『Setsuna』など多数のプロダクトの開発も手がける。2014~2021年度 グッドデザイン賞審査委員。GROOVE X 株式会社 Chief Creative Officer、ヤマハ発動機株式会社 デザインアドバイザー、hide kasuga & Partners。著書に『アイデアは敵の中にある』(中央公論新社)、『カーデザインは未来を描く』(PLANETS)。

中垣亮(なかがき りょう)
日立製作所 研究開発グループ 制御・ロボティクスイノベーションセンタ長。日立製作所に入社後、コンピュータビジョンを活用した自動外観検査技術の開発に従事。2000~2001年に米国ノースウェスタン大学にて画像・映像情報の復元技術の研究に従事。2010~2012年には(株)日立ハイテクに出向し、半導体製造向け欠陥レビュー装置の大手半導体メーカとの協創活動をリード。その後、技術戦略及び経営戦略企画の業務経験を積み、生産イノベーションセンタ、機械イノベーションセンタ長を歴任し、2021年より現職。モビリティやインダストリ(製造・流通業)のオートメーションに関わる研究マネジメントに従事。

山岡士朗(やまおか しろう)
日立製作所 研究開発グループ 電動化イノベーションセンタ長。1999年、慶応義塾大学理工学研究科修士課程修了後、日立製作所に入社。日立研究所にて、自動車用エンジンシステムはじめとするモビリティのパワートレイン制御システムなどの研究開発に従事。2009年から日立ヨーロッパにて、大学との共同研究や鉄道プロジェクトに参画。帰国後、工場での製品量産立ち上げ責任者、自動運転システムやソフトウェアアーキテクチャなどの研究部長を経て、2021年より現職。自動車技術会 優秀講演発表賞(2005年)、同浅原学術奨励賞(2006年)など受賞、JSAEプロフェッショナルエンジニア認定(2009年)。博士(工学)。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

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