山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/川村 隆 株式会社 日立製作所 名誉会長
企業が稼ぐ力を発揮するためには、みずから構造改革すべきであると川村名誉会長は話す。それを受け、ラストマンの覚悟が稼ぐ力に関わると山口氏は指摘する。

「第1回:企業の存在意義とは何か」はこちら>
「第2回:ラストマンの覚悟とリーダーシップ」
「第3回:経営者に必要な条件とは」はこちら>
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企業が製造するのは付加価値

山口
企業は稼ぐことで社会貢献する存在。まさにおっしゃるとおりです。世の中には、企業が格差を生み出す原因になっているとして営利活動とは切り離した社会貢献を求める風潮もありますが、それはちょっと危険な考え方だと思います。

川村
ええ、われわれ企業としては心外です。企業の稼ぐ力というのは、数字で表すと売上高マイナス仕入原価です。さまざまな材料を仕入れ、社内でさまざまなものを加え、最終的に何倍かの売価で提供する。それでも納得できる「付加価値」があるからお客さまは買ってくださいます。そう考えると、企業が製造しているのは付加価値であるとも言えます。

付加価値というのは数値に表せるものだけではありません。例えば教育機関や企業において人を育てることは、人に未来の付加価値をつけることであると言えますが、その価値を数値として計算するのは難しいですね。ですから単純に利益金額だけでなく、企業が雇用の場をつくり、人を育てたことで生み出される付加価値や、企業が納めた税金が分配されることで生み出される付加価値なども考慮してほしいと思います。企業が稼がなければ社会の格差は今まで以上に広がってしまうでしょう。

山口
川村さんは人財や雇用についての問題意識もご著書に書かれていましたが、雇用問題に関して私が象徴的だと感じたのは、スウェーデンの自動車会社、ボルボとサーブの事例です。どちらも1990年代に経営が苦しくなり、自動車部門を切り離して売却しました。しかし業績は回復せず、ボルボの自動車部門を子会社化したフォードがスウェーデン政府に救済を申し入れたのですが、政府は「国として自動車メーカーは所有しない。新たな産業へシフトする」と明言したのです。産業の主力を工業から情報産業へシフトするという方針の下、自国の企業を守らなかったわけですね。その代わりに職を失った人を再教育して新たな産業に従事してもらうことで救済しました。瞬間的な痛みは仕方ないものとして、国が主導して産業の構造転換と人財の流動化を図るというのは、日本の産業政策とはずいぶん違うと感じたのですが。

川村
そうですね。ただ私が思うには、政府主導で構造転換を図る前に、企業側が何とかすべきだったのではないでしょうか。創業時から同じ事業を継続している企業も中にはあるけれど、多くはダメな事業から撤退して人財を流動させながら、企業という組織を維持しています。それまでの市場で勝ち目がなくなったのであれば、企業がみずから事業を転換して再編することで稼ぐ力を取り戻さなければなりません。その過程で新しい仕事をしたい人には再教育する、これまでの仕事を続けたい人は事業についていってもらうなど、人の仕分けをするのです。われわれはそれを実行しました。

日本人は切り離すとか潰すといったことを嫌う傾向が強く、私も日立を立て直すための事業再編ではかなりの抵抗を受けました。それに負けることなく、部分最適より全体最適を考えてほしいと説得し、納得させるのが経営者の役割です。夏目漱石の『草枕』にあるでしょう。

山口
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」ですね。

川村
日本人には情に棹さして流される人が多すぎるように思います。

日本企業におけるガバナンスの課題

山口
川村さんはかつて日立工場長から「ザ・ラストマン」の精神を教わったそうですね。ラストマンとは組織の中で最終的な意思決定をしてその実行に責任を持つ者であり、いずれそうなるかもしれないという覚悟を持って仕事をするように言われたと。アメリカの第33代大統領トルーマンは「The buck stops here」というデスクサインを執務机の上に置いていたことで知られています。全責任はここにある。他の人は責任を転嫁(pass the buck)できるけれど、それは最後に大統領のところで止まる。すなわち私がすべての責任を取るのだという覚悟を示す言葉だと言われています。そうしたトップの覚悟というものは、おっしゃっていた企業の「稼ぐ力」と深く関わるものだと思います。

一方で、最近のコーポレートガバナンスにおいては権力の分散化を進める傾向があります。確かに社長がすべて独断で決めることには問題があるものの、権力というものは分散化するほど実行力がなくなり、痛みを伴う決断が困難になるように思います。

川村
そうですね。やはり社長がラストマンの覚悟で権限を振るわなければ改革はできませんし、企業の実態としても社長に権限が集中しているものです。ただし、その社長が判断ミスを重ねたり、リーダーシップが欠如していたりすると不幸なことが起きます。そのときに取締役会が監視機能を発揮して社長の肩をたたくという形が理想です。

前回お話ししたように、日立グループの場合は私が主導してそのような形をつくりました。ただ、日本企業でそうした分離ができているところは少なく、取締役会長と執行役社長という二つの命令系統があったりします。そのことが海外の企業や投資家から、日本企業のガバナンスに問題があると指摘される要因の一つとなっています。

山口
ガバナンスに関しては、日本企業は過渡期にあるのでしょうね。取締役会が監視機能を果たしていないことが不祥事の背景となっている場合も多いでしょう。アメリカの企業のほとんどは取締役の半数以上が社外取締役で、経営をチェックしていますね。

川村
日立も半数以上を社外取締役として、外国人の比率も高めています。それにともなって事業の海外比率も高まってきました。経営においても事業においてもグローバル化を推し進めることは、私が社長に就任した当時からめざしてきたことです。(第3回へつづく)

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川村 隆(かわむら・たかし)
1939年北海道生まれ。1962年東京大学工学部電気工学科を卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長を経て、1999年副社長に就任。その後、2003年日立ソフトウェアエンジニアリング会長、2007年日立マクセル会長等を歴任したが、日立製作所が過去最大の最終赤字を出した直後の2009年に執行役会長兼社長に就任、日立再生を陣頭指揮した。2010年度に執行役会長として過去最高の最終利益を達成し、2011年より取締役会長。2014年には取締役会長を退任し2016年まで相談役。日本経済団体連合会副会長、日本電気学会会長、みずほフィナンシャルグループ社外取締役、カルビー社外取締役、ニトリホールディングス社外取締役などを務め、2017年~2020年東京電力ホールディングス社外取締役・会長。
著書に『ザ・ラストマン』(KADOKAWA)、『100年企業の改革 私と日立』(日本経済新聞出版)など。最新著は『一俗六仙』(東洋経済新報社)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。