一橋ビジネススクール教授 楠木建氏

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「第2回:気づかなかった大失敗。」
「第3回:待つ力。」はこちら>
「第4回:回復力は脱力力(だつりょくりょく)。」はこちら>

※本記事は、2021年10月4日時点で書かれた内容となっています。

その1の打ち合わせを飛ばしてしまった失敗は、貴重な時間を空けていただいた皆さまに迷惑を掛けてしまったぶん、よくある僕の失敗より重いものです。皆さまの時間を無駄にしてしまい、僕の評判は大いに悪くなりましたが、そのダメージはまだ僕にとどまっています。教訓と反省もシンプル。こういうミスを繰り返さないために、手帳へのスケジュール記入は気を引き締めてやろうということです。

しかし、失敗は平常状態と考える僕にも、「ああ、本当のほんとの失敗とはこういうものなのか」という大失敗をしでかしたことがありました。絶対悲観主義で生きてきて、失敗に強いと思っていたのですが、このときばかりは事情が違いました。

この失敗がどういうものなのかは、ここでは書けません。概略だけを言うと、何とかしてその人の力になりたいと思ってやった僕の差し出がましい行為が、結果的にご本人に大迷惑を掛けてしまった。力になるどころか、足を引っ張りまくる結果になってしまいました。

さらにうかつなことに、僕がそういう失敗を犯しているということに、自分で全然気づいていなかった。この人のために微力ながら力になれたと勝手に思っていたのですが、あるときにある方面から電話があって、「取り返しのつかないことをやってくれましたね……」という趣旨のことを言われました。そのときに、「え、そうだったんだ」とようやく気がついた。

夕方にジムでトレーニングをして、サウナに入ってすっかり気持ちよくなって出てきたときに電話がかかってきたので、余計にインパクトがありました。相手は大迷惑で、僕としては取り返しがつかない。もうその人に合わせる顔もない。

今さらどうしようもないことなのですが、さすがにこのときは落ち込みました。そのときに僕がふと見つけた本が、畑村洋太郎先生の『回復力 失敗からの復活』です。このタイトルだけでも、もう僕のために書いてくれた本じゃないかと思い、すぐに購入して読みました。

畑村先生はご存じの方も多いと思いますが、失敗学の提唱者であり専門家です。著書も多く出されていて、本当に多くの人の失敗した話を実際に聞かれている方です。僕が読んだ『回復力 失敗からの復活』には、人間というのは失敗をした直後に正しい対応をとることはできない。なぜかと言えば、大きなショックやダメージを受けたときには、風船に穴が空いたような状態になってしまうからだと書いてありました。

本来回復に向けて動いていくためのエネルギーが、その穴からシューっと漏れている状態のときにじたばたしても、回復できないどころかさらに間違った行動をとってしまう。正しい判断や行動ができないときには、何か行動を起こしてもダメージがより大きくなるという悪循環にはまり、自滅するケースが多いと言うのです。

大失敗をしでかした直後の僕は、まさにそういう状態でした。(第3回へつづく)

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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