株式会社日立製作所 研究開発グループ サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任デザイナー 上垣映理子/株式会社日立製作所 システム&サービスビジネスLumada CoE AIビジネス推進部 担当部長 徳永和朗/株式会社日立アカデミー講師(DX、カスタマーサクセス担当)渡辺薫
日立製作所でカスタマーサクセスを主導するチームでは、デザイナーとデータサイエンティストが協働して、カスタマーサクセスに不可欠なエクスペリエンスデザインを推し進めている。渡辺薫の司会のもと、デザイン側からは上垣映理子が、データ分析側からは徳永和朗が、協業で実感したメリットと、取り組みによって明らかになってきたエクスペリエンスデザインの要諦を明かす。

「第1回:デザイナーはカスタマーサクセスにどう貢献するか」はこちら>
「第2回:イノベーションはビジョンデザインから始まる」はこちら>

デザイナーは関係者の思いを束ねる

渡辺薫(以下、渡辺)
カスタマーサクセスとは「エクスペリエンス+アウトカム」であるという観点から、今回のシリーズでは、エクスペリエンスデザインを手掛かりにお話を伺っています。第3回と次回は、実際の現場でお客さまとやりとりをしているデザイナーの上垣さんとデータサイエンティストの徳永さんにお話を聞きます。日々、エクスペエンスデザインに取り組まれている上垣さんに、まず、あえてシンプルなことを伺いたいと思います。日立のなかで、デザイナーとは何をする人なのでしょうか。

上垣映理子(以下、上垣)
家電や電車、業務システムやITサービス、デザインする対象が何であっても、ものづくりには多くの人がそれぞれに意義を感じながら関わっています。これらの関係者とひたすら対話を繰り返して、思いを引き出し、束ね、ときにはトレードオフ(二律背反)の構造を飲み込みながら、みんなが「それは価値があるね」と信じられるものを具現化し、理想とする未来を形にしていく。それが、デザイナーの役割なのかなと思います。

サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任デザイナー 上垣映理子

渡辺
実際に担う業務が多そうですね。

上垣
現場を理解するためにあの手この手で情報をかき集め、ユーザー調査をし、プロトタイピングをしたり価値検証をしたり、仮説構築と合意形成のためにいろいろ動くので、そうした姿を見ている方には、デザイナーは何でも屋さんに見えているかもしれません。

渡辺
次に、エクスペリエンスデザインの新しいアプローチとして、「行動変容デザイン」というものがあるそうですね。これについて伺います。要するに何をデザインするものでしょうか。

上垣
もともとは、お客さまに価値ある経験の機会を提供し、「うれしさ」をデザインすることに向き合ってきました。ただ、ユーザーが「いいね」と評価してくれたものであっても、長く使い続けてもらうことは難しい。何をうれしいと思うかは、「マズローの欲求五段階説」のように、お客さまが成長するにつれて変化することがあり、かつてのうれしさが不満になることもあります。つまり、デザイナーとしては、お客さまの成長や環境変化に応じて、ユーザーエクスペリエンスを進化させ続ける必要があります。これまでのアンケートやインタビューのような手法で、ある断面に深く切り込む調査も重要ですが、これだけ人の価値観が多様で、しかも変化も早い世の中では、人のリアルなデータを使って個々人の状況を把握し、期待される“行動変容”を促すためのデザインが必要だと考え、この研究を6年くらい前から行っています。

渡辺 
ありがとうございました。行動変容デザインについては、また次回、改めて詳しく伺いたいと思います。

日立アカデミー講師 渡辺薫

「データで何をしたいか」が明確な顧客が増えている

渡辺
データの話がでてきましたので、徳永さんに伺います。上垣さんのようなデザイナーと一緒に仕事をするようになって、変化はありましたか。

徳永和朗(以下、徳永)
「これは分析できないの?」「こうしたことはわかりますか?」といった質問をされるたび、データとデータ分析に高い期待を寄せられていることを実感します。

渡辺
せっかく手元にデータがあるからとにかく何かに活用したいというお客さまも多いでしょう。しかし、何か目的があってそのためにデータを使いたいというお客さまも増えているのではないですか。

徳永
その変化は強く感じています。かつては、何十年も蓄積してきた業務データをAIに学習させることで、思いも寄らない結果が得られるのではと期待されるお客さまもいらっしゃいました。しかし今は、「データを使ってこれがやりたい」という目的が明確なお客さまがほとんどです。そうしたお客さまには、デザイナーがお客さまの業務を理解しサクセスストーリーを描き、その達成のためにデータに基づいた行動変容デザインをするという、日立だからできる提案を評価していただけています。

Lumada CoE AIビジネス推進部 担当部長 徳永和朗

渡辺
データサイエンティストである徳永さんはカスタマーサクセスという概念に出会ったとき、どう思われましたか。

徳永
この言葉を知ったとき、ビッグデータの解析にしろ機械学習の導入にしろ、結果的に、我々がやってきたのはカスタマーサクセスだったのだな、と理解しました。ですから違和感はありませんでした。

渡辺
なるほど。上垣さんは、データサイエンティストと同じ部署で働くことのメリットをどう感じていますか。

上垣
他事業部やグループ会社のデータサイエンティストに力を借りることもありますが、昨年から我々のユニットにデータサイエンティストが加わり、徳永さんとも同じフロアーで働いています。データサイエンティストと連携させていただいたことで、こちらの意図を汲んでデータを見た上で、いわば「翻訳者」のようにクライアントやプロジェクトメンバーにデータインサイトの話を分かりやすく伝えてくれるので、とにかく仕事が早く進みます。すでにいくつかの案件には一緒に取り組んでいて、その過程でも互いに勘どころが見えてきていると感じています。

渡辺
デザイナーとデータサイエンティストが一緒に仕事をすることのメリットは、想像以上にたくさんありそうですね。

上垣
我々が手作業でやろうとしている分析について「そこは機械学習を使いましょう」といった、思わぬジャンプポイントをもらえることもあります。学会などでも、他社の方から「デザイナーとデータサイエンティストの連携体制が整っているのがうらやましい」という声を聞くこともあります。部署が分かれていると“越境”にエネルギーが必要なのだと思います。

上垣映理子(うえがき・えりこ)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 SVD3ユニット リーダ主任デザイナー。
2001年日立製作所入社。UI/UXデザイナーとして金融・公共・産業・医療などの分野で業務改革やシステム構築のプロジェクトに従事したのち、新しい事業やサービスを通じて得られる経験価値をお客さまと共に協創する「Exアプローチ」手法の確立に貢献。2017年からは人の主体的な行動変容をデジタルの力でサポートする行動変容デザインの手法研究に従事。

徳永和朗(とくなが・かずあき)
株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス サービス&プラットフォームビジネスユニット Lumada CoE AIビジネス推進部 担当部長。
日立製作所に入社後、半導体のプロセス技術者として、LSI(大規模集積回路)の技術開発や量産を手掛ける。2013年からAIやビッグデータを活用したデータ分析を担当。製造業、IoT、マーケティング分野のデータ分析、プロジェクトマネジメントの経験を有するデータサイエンティスト。2020年4月Lumada Data Science Lab.立ち上げに従事。

渡辺薫(わたなべ・かおる)
株式会社日立アカデミー講師(DX、カスタマーサクセス担当)。
ハイテク企業で経営企画&マーケティングを経験したのち、90年代のデジタルマーケティングの黎明期にはエバンジェリスト&コンサルタントとして活動。その後、外資系ITサービス企業等でITサービスのマーケティング、コンサルティング等に従事し、2010年日立製作所に入社。超上流工程のコンサルティング手法の開発と指導にあたる。社会イノベーション事業推進本部 エグゼクティブSIBストラテジストとして、日立グループのデジタルトランスフォーメーションの戦略策定・実行のサポートと人財育成に注力。現在は、株式会社日立アカデミー講師のほか、株式会社ゴールシステムコンサルティング チーフカスタマーサクセスオフィサーなどを務める。

「第4回:データに基づいたデザインが行動変容を促す」はこちら>