一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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※本記事は、2021年4月28日時点で書かれた内容となっています。

「絶対悲観主義」でうまくいかないと思って仕事をすると、うまくいったときにうれしさが倍増するという話を前回しましたが、時々うまくいくことが連続して起こることがあります。まれに悲観を突き破ってうまくいくことがある。こういうとき、もしかしたらそこに自分の本当の才能があるのではないか、という気づきが生まれます。

「あれができます」「これができます」と言っているうちはまだまだで、悲観を突き破ってうまくいくことが続くと、ようやくここで自信が持てる。余人をもって代え難い能力というのは、そういうことだと思います。それもこれも、ほとんどのことがうまくいかないから、その裏返しで自信につながる。とにかく良くないのは、全戦全勝を期待することです。

僕はそういうタイプではありませんが、若い人が起業するとか、何かに挑戦するということはイイことだと思います。そういう若者にアドバイスを求められると「何の心配もない。絶対にうまくいかないから」と言うことにしています。嫌な顔をされますが、でもやっぱりそれが世の中の真実だと思うんです。

能力がある人ほど、また自分の能力に自信がある人ほどプライドを持っています。そういう人は失敗したときに傷つきやすい。それはかなり仕事の邪魔になると思います。「やっぱり駄目か、そう簡単にはいかないな」というのは、仕事の醍醐味のひとつといってもいい。もう僕くらいの年になりますと、むしろ「これはうまくいかない方がいいな」と思うぐらいです。

プライドは仕事の邪魔になります。すぐに傷つくし、傷つくのが嫌で怖いから身動きがとれなくなる。また、動くときにも何とか失敗を避けようとするので、ヘンな計画を立てたりするわけです。もちろん計画通りになんていくわけはないので、ますます疲弊するという悪循環に陥ります。

僕の見るところ、若い人ほどこの手の悪循環に陥りやすい。もちろん仕事は矜持を持たなければいけないし、その意味でのプライドは大切なのですが、ただプライドを持つのはなるべく後回しにしたほうがいいと思います。ある程度の成果を出して実績を積んでからでも、遅くはないはずです。

しょせんほとんどの人はフツーの人。ところが、人間誰しも自分が一番かわいい。自分だけは特別だと思い込む。これは非常に窮屈な考え方だとなるべく早く気づいた方がいい。自分はまだ何者でもないという認識からスタートする。これが絶対悲観主義の自然な入口です。

若い時ほど失敗におけるサンクコスト(埋没費用)は小さいわけです。「若い人っていいですね」とか、「これから未来がありますよね」とか、「若いから体力があって頭も柔軟ですよね」と言う人がいますが、僕に言わせれば若者の最大の特権は「まだ何もない」ということです。若い人にこそ絶対悲観主義をお勧めしたいと思います。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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