一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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「オーラ」とはちょっと違うのですが、会った瞬間にわかること、感じることってありますよね。例えば、「この人は、仕事ができる」というのが、会った瞬間にわかる。実際にそれは当たっていることが多くて、この辺が人間の感覚の性能にはすごいものがあると思わされるところです。

あえて言語的に表現すると、それは「圧」です。迫力というか、とにかく「圧」があるという言葉がしっくりくるんですね。僕の知っている人でいうと、新浪剛史さん(※1)。重力とか素粒子とかが動いているというように、物理的な現象が起きているはずもないのですが、これは何なのかといつも思います。

(※1)新浪剛史(にいなみたけし):1959年~日本の実業家。サントリーホールディングス代表取締役社長、元株式会社ローソン取締役社長兼CEO及び会長。

永守重信さん(※2)にお会いした時にも、やはり強い「圧」を感じました。新浪さんや永守さんは陽性の「圧」です。ミスミの経営を長くやっていらした三枝匡さん(※3)にも強烈な「圧」を感じましたが、それはどちらかというと静かな「圧」なんです。「圧」にもタイプがありそうです。

とりわけ「圧」を強く感じるのが、1対1になった時。おそらく経営者のような勝負の世界で生きている人が放つ気迫をこちらが「圧」として感じるのかもしれません。僕はスポーツ選手にはあまりお会いすることがありませんが、お会いするとたぶん経営者とは異なる「圧」を感じるような気がします。これが、戦国時代の人だったら、いままでに感じたことのない「圧」が来るのかもしれません。

(※2)永守 重信(ながもり しげのぶ):1994年8月28日~ 日本の経営者。日本電産株式会社創業者。
(※3)三枝匡(さえぐさ ただし):1994年~ 日本の実業家、事業再生専門家。元ミスミグループ本社代表取締役社長。一橋大学大学院経営管理研究科客員教授。内閣府参与役も務めた。

もちろん経営者もいろいろで、大変な名声をお持ちの経営者でも、「圧」を感じさせない人は大勢います。意外に思うかもしれませんが、ファーストリテイリングの柳井さんは、はじめからまったく「圧」のない人でした。非常に厳しい方ですが、二人になっても「圧」は感じません。むしろ親しみを覚えます。最初の印象は、ものすごく“声がいい”ということでした。引き込まれるような声です。初対面から今に至るまで、柳井さんの声には惚れ惚れとします。

僕の仕事の分野の学者には、あまり勝負と関係のない世界なのか、「圧」を感じる人は少ないという印象です。マイケル・ポーター先生のような本当の大御所でも、「圧」はないですね。僕の大好きな経営学者で、独自の人にして大御所のヘンリー・ミンツバーグ先生(※4)も、会ってみると「圧」がないチャーミングなおじさんでした。野中郁次郎先生(※5)、あれほど「圧」のない人も珍しいくらいです。淡々飄々としていらっしゃる。

(※4)ヘンリー・ミンツバーグ:1939年9月2日~ カナダのマギル大学デソーテル経営大学院のクレゴーン記念教授。1994年に著した論文・書籍『The Rise and Fall of Strategic Planning』で現代経営学の戦略論を批判した。
(※5)野中郁次郎(のなか いくじろう):1935年5月10日~ 日本の経営学者。一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。

一橋大学で僕が働きはじめた時、偶然に同期入社だったのが中谷巌さん(※6)でした。中谷さんは当時からもちろんマクロ経済学者の大御所で、僕も中谷さんの『入門マクロ経済学』で勉強したクチです。その前は大阪大学の副学長で、若い頃から総理大臣のアドバイザーをしていたような中谷さんですから、僕にとってはひたすらに目上の偉い人です。

(※6)中谷 巌(なかたに いわお)1942年1月22日~ 日本の経済学者。専門はマクロ経済学。三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学名誉学長、一橋大学名誉教授。

で、一橋大学に就職して、研究室に引っ越しをするのですが、中谷さんも同じ日に引っ越しなので、本を運んだり本棚に本を入れるのをお手伝いしました。先生の引っ越しをひと通り終えて、さてと、と自分の引っ越しをはじめようとしたら、中谷さんが、いっしょになって僕の本を運んでくれるんです。あの中谷巌先生が……と驚きました。とても親切な方で、まったく「圧」は感じませんでした。以来、ずいぶんと親しくさせていただきました。数十年経ってから中谷さんに、「あのとき引っ越しを手伝ってもらって、偉い先生なのにずいぶん親切で、最初から距離を感じなかったんですよ」と当時の印象を振り返ったら、「俺はずいぶん生意気な奴だと思ったよ」言われましたが。

学者で唯一強烈な「圧」を感じる例外は、僕の大先輩の経営学者、伊丹敬之さん(※7)なんです。伊丹先生には僕も学生時代に教わりましたが、この人だけには自分が教師になった後も「圧」を感じました。特に二人で会う時には、伊丹さんから押し寄せてくる「圧」が強くてちょっとやりにくいんです。サシで話をするときは、「ここは法治国家だし、いきなりぶん殴られるわけでもないから大丈夫」と自分に言い聞かせていました。

(※7)伊丹 敬之(いたみ ひろゆき): 1945年3月16日~ 日本の経営学者。国際大学学長、一橋大学名誉教授、元組織学会会長。

それが相性なのか、伊丹さんのパーソナリティーなのかはわかりませんが、十分に親しくさせてもらっていて、こちらも生意気な口をきいている関係なのに、いつも不思議な緊張感がありました。そのうちにこの「圧」が面白くなってきて、「何なんだろう、これ」って思いながら伊丹さんとサシで話をするのが楽しみになってきました。ずいぶん、伊丹さんにはイジメられましたが、あの「圧」に何とも言えない味わいがあって、むしろエンジョイしていました。しばらく前、久しぶりに伊丹さんとサシで昼食をご一緒する機会がありました。相変わらずの「圧」が懐かしく、これまでずいぶんお世話になったものだと思い知らされました。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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