株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長・株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO・Scrum Inc. Japan 取締役 平鍋健児氏
「アジャイル開発」、そして「スクラム」のエバンジェリスト(伝道師)として活動してきた平鍋氏は、福井という地でそれを事業として実践している経営者だ。今回は、そんな平鍋氏の経営者としてのビジョンについて語ってもらった。

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ソフトウェア内製化の時代だから、技術で負けてはいけない。

――現在平鍋さんは3つの会社の経営者です。このそれぞれの会社の役割とビジョンについて教えてください。

まず、(株)永和システムマネジメントは、受託開発がメインの会社です。クライアントが作って欲しいというモノを、一緒に作るということが仕事です。それを持続させるためには、やっぱり技術が重要で、絶対にお客さまに技術で負けてはいけないんです。

今は内製化を進める会社が増えてきていて、お客さまの中にもエンジニアを採用するケースがありますが、それでもというか、それだからこそ技術的に先駆しているということが最優先になります。もう、これだったら絶対に負けないというくらいの技術力を、それぞれの分野で持っていたいし、持たければいけない。そういう会社だと思っています。

以前は全然違っていまして、マネジメント力というものが重要だと言われていました。「20人で発注するからちゃんとマネジメントして」というように、エンジニアを卒業したらマネジメントみたいなところがこの業界にはあったんです。しかし最近はもう全然違ってきていて、一人ひとりがプログラムを書くという勝負の世界になっています。もちろんマネジメントができる人が必要なのは間違いないのですが、技術できちんと勝負できる会社にしたいのです。

その上で、まだできてはいませんが、やはり製品を持ちたいと思っています。実際に「未来企画室」という小さな部署を作りまして、今まで内部でやってきたものを外とつなげて表現するという製品の事業開発をやり始めたところです。

例えば最近でいうと、医学生を教育するチャットシステムを作っています。F.CESS(Clinical Education Support System)という福井大学と共同で開発している臨床実習支援システムです。

医学生は、教授の診察に同席して、患者の同意を得たうえで自分でカルテを書いたり、診断の練習をしたりするんです。それを教授が見て、「何でこう思った?」とか、「いやこれ、こう思ったら、これを聞かなくちゃ駄目でしょ」という実地訓練をやるのですが、医学生も教授もなかなか時間が取れなくて、うまくコミュニケーション・ループを回せていないんです。

これを『LINE』のような感じで、教授と医学生がシステム上で会話して、その履歴が残って、うまく指導できるようなチャットシステムを開発中です。永和システムマネジメントでは、古くから医療の仕事をやってきているので、それを生かした独自の新製品を作りたいと思っています。

世界のソフトウェア開発を支援する『astah*(アスター)』を世界へ。

――(株)チェンジビジョンについても教えてください。

チェンジビジョンは、システムの中身を可視化するモデリングツール『astah*(アスター)』という製品を作っています。これは、日本と世界でリリースしていまして、国内で2万人、海外で4万人ほどのユーザーが現在利用しています。

最近では、安全性が重要なシステム、例えば自動運転が注目されている自動車業界にフォーカスし、安全設計を支援できる『astah* System Safety』(※)という新製品を1月にリリースしました。これを活用すれば、開発者がコードではなくビジュアルで作るモノを表現できる。モノと機能、そして安全設計の繋がりが可視化できる。そうすると、ハードウェアも含めてシステム開発に携わるさまざまな人たちが、モデルを有効に使って設計意図が共有できるようになります。これを、MBSE(Model-Based Systems Engineering)といいますが、これによって世界の重要な産業のシステム開発を支援したい、それがチェンジビジョンでの現在の夢です。

(※)astah* System Safety 安全が重要なシステム開発現場に向けたモデリングツール。

――Scrum Inc. Japan でも最近活動を始められましたね。

はい、これも僕がずっとやりたかったことのひとつなんです。これだけアジャイルが広まってきたら、日本にもスクラム本家の教育トレーニングコンテンツを正式に普及させたかったんです。ちょうど、KDDIでもアジャイルを取り入れて実績が出てきたところでした。その1で話したように、今、日本の大企業でも、スピード感をもってメンバーが生き生き働く組織へと変革していく必要があります。そこで、KDDI、米国のScrum Inc. と組んで、本家のスクラムを日本で教育サービスする会社を作ろうと、KDDIの理事、藤井 彰人さんにジェフ・サザーランドを紹介しました。また、KDDIの荒本実さん(現 Scrum Inc. Japan代表)、和田圭介さん、という現場の方々とも意気投合し、永和システムマネジメントも出資する形で、今年の4月にめでたく Scrum Inc. Japan設立となりました。

米国からクロエ・オニールさんも参加し、現在では、ソフトウェア開発そのものが生業ではないさまざまな産業の大手企業が、クライアントになっています。組織改革を進めていくのはなかなかハードですが、強い意思をもった大企業の改革リーダーと話をし、チームワークを最大限に活かせるように現場を変えていくのはやりがいのある仕事です。

Scrum Inc. Japan のスローガンは、“#TeamworkMakesTheDreamWork”なんです。かっこいいでしょ?

Scrum Inc. Japan の設立発表会

――平鍋さんが、自分のビジョンに躊躇なくトライするそのモチベーションは何ですか。

それはもう、好きなことをやっている、それだけです。僕は、ビジネスというより、共感をベースに何かモノを作ることを一緒にやってくれる人を、ずっと探し続けているという感じです。大手製鋼会社にいたときでも、プログラミング自体はすごく楽しいんです。でも、それだけではダメだと気づきました。なぜかと言えば、その作っているモノが誰に届くのかとか、誰が喜んでくれるのかという視点がなかったからです。だから、アジャイルをはじめたし、『astah*』を作りました。

でも、おかげでアジャイルや『astah*』を通じて、いろんな人と出会えました。これはビジネスの戦略ではなく、そういう人とさまざまなインパクトを一緒に作って、それで少しでも世界が良くなる方向の力になればいいと考えているだけなんです。僕は、事業を人数で大きくしたいなんて、一回も考えたことがありませんから。世界を良くするインパクトが作れれば、そして、それに賛同する人が増えれば、自然と事業は伸びるのではないでしょうか。無邪気すぎますかね(笑)。

アジャイル開発の現場---4

(株)チェンジビジョンのオフィスにディスプレイされている世界地図。『astah*』が購入されると、年代ごとに色分けしたシールをその国に貼ってメンバーが誰でも一目でインパクトがわかるように工夫されている。欧米だけでなく、アジアや南米、アフリカでも『astah*』は活用されている。(Agile Studio Fukui にて。リモート見学を受け付けています

平鍋 健児(ひらなべ けんじ)

永和システムマネジメント株式会社代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役 1989年東京大学工学部卒業後、3次元CAD、リアルタイムシステム、UMLエディタastah*(旧名:JUDE)などの開発を経て、現在は、オブジェクト指向技術、アジャイル型開発を実践するエンジニアであり経営者 初代アジャイルジャパン実行委員長、要求開発アライアンス理事 著書『アジャイル開発とスクラム ~顧客、技術、経営をつなぐマネジメント~』(野中郁次郎と共著) 他に翻訳書多数あり

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