株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長・株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO・Scrum Inc. Japan 取締役 平鍋健児氏
時間をかけて要件を定義し、スタートすれば設計から開発、テスト、運用まで一気に進むウォーターフォール型ソフトウェア開発。それに対し、チーム全員が一週間で作れるところまでをまず形にし、それを共有しながら小さな開発を積み重ねていく「アジャイル開発」は、硬直しがちな縦割りの組織をチーム単位で再構成し、モチベーションを高めるという意味では経営の組織改革にも通じる。今日では「アジャイル」は、組織論として取り上げられることも多い。そして、このアメリカ発の「アジャイル開発」のルーツは、意外にも日本の組織論にあった。

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『アジャイル開発とスクラム』、この本で「アジャイル」を経営者に

――「アジャイル開発」や「スクラム」といったソフトウェア開発の手法が、今では組織論の文脈で語られることが多くなった要因として、2013年に平鍋さんが一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生と連名で出版された『アジャイル開発とスクラム』があると思います。このご著書の背景について教えてください。

あれは動機としては、やはりまだ日本でウォーターフォール型がなかなか変わらない時代で、僕はこれを変えるためには、「経営者」が良いと思わないと難しいだろうと感じていました。それまでの「アジャイル」関係の本は、エンジニア向けが多かったので横書きでしたが、縦書きにして、一橋大学の野中郁次郎先生にお願いに行って、一緒に書くことで何とか「経営者」の本棚に並べたいというのが僕の戦略でした。そのために、当時ほとんど見かけなかった日本の「リクルート」や「楽天」、「富士通」などの大企業の事例をしっかりと入れました。「アジャイル」を、「経営者」が読める本にしたいというトライアルだったのです。

今、僕自身はソフトウェア開発のコンサルは少なくなり、オファーをいただくのは経営や組織変革側のコンサルです。「アジャイル」は、トップがやりたいと言わないと無理なんです。お抱えのベンダーをちょっと呼んで、「こんなこと考えているので、提案持ってきて」というやり方をいまだにやっているようでは話になりません。イノベーションというのは、買えないんです。イノベーションは、外にはない。イノベーションを外注するって、おかしいじゃないですか。変えたいと思っている人がちゃんとコミットしないと、ほとんど機能しないんです。

もともとの立ち場で言うと、僕はソフトウェアエンジニアだしモノづくりが好きなのですが、それをやるためには企業の上流で「経営」や「組織」を変える必要があるのです。今はソフトウェアの力がないと何も動かないという状況になっているので、ソフトウェアをわかっている人が、逆提案でビジネスにできるはずなんです。そこの対話を作る仕組みと方法さえあれば良くて、それが「アジャイル」が脚光を浴びている要因だと僕は思っています。

不確実な時代のソフトウェア開発

――経営者にとって、スピードというものがより重要性を増したという時代背景が大きいわけですね。

VUCA(※)の時代といわれますが、みんな正解がわからないということです。「これどうしましょう」という質問を会社の中で上の人に話してみても、誰も答えを持っていません。答えは市場しか持っていないから、会社の中で稟議(りんぎ)を上げるという話ではなく、仮説は一時でも早く形にして、市場と対話しないといけないのです。

(※)VUCA:ブーカVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べたビジネス用語。

それと、ソフトウェアが持つ意味合いがすごく大きくなってきました。例えば、時価総額の大きい会社を上から並べたときに、どれだけソフトウェアの企業が入っているか。GAFAやBATHと言われる企業群です。そして彼らは既存の垂直ビジネスを破壊しにかかっている。金融、自動車、小売という業界がソフトウェア企業の進出に脅かされている。そんな時代だから、ソフトウェア開発は対話をどう増やすかという「対話設計」が重要になってきていて、「アジャイル」ならそれがうまく表現できるということだと思います。

――社内を見せていただいた時にご説明のあった、3人でプログラミングしたり、仕事の進捗を手描きのグラフやポストイットで壁に貼りだしたりというのも、「対話設計」だということですね。

はい、そうです。開発現場の「対話設計」も重要ですが、さらに重要なのは市場やユーザーとの対話です。野中先生は「他者への共感からすべてが始まる」と言っています。野中先生は、PDCAという言葉がお嫌いなんです。PDCAは最初にプランがありますが、そのプランはいったいどこから来るのか。最初に、みんなの共感がない中で、共感のないプランを作っても、それはうまくいくはずがない。本当に困っていたり、自然な対話の中から、どうやって相手に共感して、まだ言葉になっていないものを取ってくるか。それを現場で実践するには、「対話の設計」がポイントになるのです。

野中先生は設計とは言っていませんが、その理論を実践しようとした「アジャイル」の創始者の一人であるジェフ・サザーランドは、「スクラム」という手法を作り出しました。野中先生は共感から始まり、それが外化されて、最後に自分に戻ってくる知識創造ループを描いていますが、その知識創造ループを実装する手法が「スクラム」なんです。

仕事の進捗は、かならずポストイットで壁に貼り出し、チームで共有する。

――そのジェフ・サザーランドが「スクラム」を作る時のお手本になった理論が、実は日本の野中郁次郎教授と竹内弘高教授が1986年に書かれた論文「The New New Product Development Game」であることを、平鍋さんはどこで知りましたか。

最初に「スクラム」が紹介された本、そして「エクストリーム・プログラミング」の本の参考文献に、野中先生の名前が入っていました。その論文を調べてみると、それは新しい製品を開発するためのプロセスについての論文でした。まだこの世にない新製品が、どうやって作られるのかというと、それはプランから生まれるわけではない。個人の信念、それに共感した人たちから生まれる。その共感を中心とした人間のオーガニックな固まりが、どうやって新しい知識を生み出し、それを製品化するのかというところを、事例に基づいて研究しているのです。

それを知ったジェフ・サザーランドが、「今、俺たちがやっていることは、まさにこれだよ」ということで、野中先生の論文の中にある「スクラム」という言葉をそのまま自分たちの作っている手法の名前にした、というのが経緯です。

野中先生も、自分の書いた論文が、ソフトウェアの開発手法として生まれ変わって日本に逆輸入で帰ってきたことに驚かれていました。「あんな古い論文を良く見つけたな」とおっしゃっていました。お手本になった野中先生の論文の重要なポイントは共感だし、それをソフトウェア開発技法にした「スクラム」も、最後はエモーションの話になっていきます。

アジャイル開発の現場---2

リリースまでの理想の進捗が青色の折れ線で描かれており、それに対して毎日の実際の進捗を、赤の折れ線で手描きで記入していく。これも、今の仕事の進み具合をチーム全員で共有するために、あえてアナログでやることが重要な点だ。(Agile Studio Fukui にて。リモート見学を受け付けています

平鍋 健児(ひらなべ けんじ)

永和システムマネジメント株式会社代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役 1989年東京大学工学部卒業後、3次元CAD、リアルタイムシステム、UMLエディタastah*(旧名:JUDE)などの開発を経て、現在は、オブジェクト指向技術、アジャイル型開発を実践するエンジニアであり経営者 初代アジャイルジャパン実行委員長、要求開発アライアンス理事 著書『アジャイル開発とスクラム ~顧客、技術、経営をつなぐマネジメント~』(野中郁次郎と共著) 他に翻訳書多数あり

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