長野県塩尻市 企画政策部 地方創生推進課 地方創生推進係長(シティプロモーション担当) 山田崇氏
長野県塩尻市の職員、山田崇氏が仕掛ける「MICHIKARA(ミチカラ) 地方創生協働リーダーシッププログラム」は、地域課題の解決と企業の人材育成を組み合わせた画期的な取り組みだ。実施初年度の2016年にグッドデザイン賞を受賞し、大手企業から注目されつつある。MICHIKARAは、塩尻市と企業にどんな変化をもたらすのか。また、山田氏が新たな取り組みを始めるときの判断基準についても伺った。

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首都圏のビジネスパーソンを塩尻に呼び込む

――塩尻市の取り組みに、2016年に始まった「MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム」があります。どんなきっかけで始まったのでしょうか。

山田
2014年に国が地方創生を掲げて、新しい地方交付金を設けました。交付の条件の1つが「官民連携」。要するに、企業の力を借りて取り組む地方創生事業を考えなきゃいけない。ところがこれが難題で、いったい何をやればいいのか、当時のわたしたちには皆目見当がつかなかったんですね。

そこでわたしは、先ほどお話しした128時間を活用して、「ソーシャルビジネス」や「共創」をテーマにしたイベントに積極的に参加することにしました。塩尻が、企業にとって「お金を払ってでも行きたい」と思うくらいの場所になるにはどうすればいいか。そんなことを考えていたときに知り合って意気投合したのが、「企業の変革屋」をミッションとしている株式会社チェンジウェーブの佐々木裕子さんでした。

佐々木さんに何度か塩尻市までお越しいただいて、ディスカッションを重ねた末に、「人材育成と地域課題解決を両立させるプログラム」という構想が生まれたんです。「まさにこれだ!」と。そのわずか3カ月後、リクルートグループとソフトバンクグループに参加いただき、チェンジウェーブとの共創のもとMICHIKARAの第1期が始まりました。

山田氏が着ているのは、MICHIKARAのロゴ入りTシャツ。「市民・企業・市役所の3つの力が価値観や立場の違いを乗り越えて協力する」「“未知から”新しい価値を生み出す」「“この道から”新しい地域・未来をつくる」の3つの意味がMICHIKARAには込められている。

――具体的にはどんなプログラムなのでしょうか。

山田
まず、塩尻市が「解決したい地域課題」のテーマを提示し、参加企業の社員と市の職員で組まれた各チームが1つのテーマに取り組みます。1チーム6、7人で、そのうち市の職員が3人。そこから1カ月の間、塩尻市内でフィールドワークを行って地域課題の現場を見たり、課題の当事者にインタビューしたり、何が課題の本質なのか、どうすればそれを解決できるか、ビジネス用のチャットアプリを使ってチーム内でディスカッションしたりします。そして塩尻で2泊3日の合宿を行い、課題に対する解決案を考えて、最終日に市長にプレゼンします。

第1期のテーマは、新体育館の活用促進戦略、木質ペレット熱供給システム構築、ICT基盤を使った新規事業開発、空き家対策、子育て世代の復職・両立支援の5つでした。市長プレゼンで生まれた提言のうち、なんと3つがすでに市の政策としてプロジェクト化しています。

嗚咽が漏れるプレゼン

――大企業の社員と塩尻市の職員が1カ月間一緒に課題解決に取り組むことで、お互いにとってどんな変化が生まれるのでしょうか。

山田
目に見える変化で一番大きいのは、最後の市長プレゼンのあとに嗚咽が漏れるんです。企業の社員も、市の職員も。その場に、社員を送り出した企業の人事責任者もいらっしゃるんですが、衝撃的だと思います。だって、社員が嗚咽する姿って、おそらく上司も滅多に見たことがないでしょうから。

2019年8月に行われたMICHIKARA第5期の市長プレゼンの様子。

――山田さんからご覧になって、その涙の理由は何だと思いますか。

山田
「世の中を良くする」ということに、所属とか肩書きとか年代とかを超えて、生身の人間として関われたっていう共通の感覚が生まれるからだと思います。

わたしは目の前にいる“課題を抱える人”のことを「n=1」と呼んでいます。その1人を助けられなかったら、多くの人を助けられない。つまり、社会を変えていくことなんてできないですよね。大企業の方を見ていていると、「n=1」の声が東京では拾いづらくなっていることを強く意識されている方が多い。でも、MICHIKARAではフィールドワークを通じて「n=1」に触れることができます。さらに、塩尻市の職員とチームを組むことで市役所という小さな組織のルールを知っていただけると同時に、一市民としての職員の声も拾うことができます。

異なる企業同士でチームを組むことにも意味があると思います。第4期(2018年)のMICHIKARAには、ソフトバンクグループのほかに日本たばこ産業株式会社、株式会社オリエンタルランド、日本郵便株式会社、ANAホールディングス株式会社が参加してくださいました。そうすると、ディスカッションのときに各社の社員が使う言語――物事を考える前提の知識が全然違うんですよね。だから皆さん苦労なさっていましたが、それってグローバルに働くと当たり前に直面する状況なんですよ。そのトレーニングを塩尻でできるのもMICHIKARAの価値の1つだと思います。

もっと手前の変化ということで言うと、ほとんどの社員の皆さん、それまで塩尻に来たことがないんです。MICHIKARAで初めて足を運ぶようになって、しかも市の職員を交えて1カ月みっちり深い議論をして、塩尻の現状を知ってくださる。当然、塩尻のことを好きになりますよね。そして、首都圏で塩尻のことをしゃべってくださる。単に観光で行ってきましたっていう文脈とは全然違う、生の感覚が首都圏に伝わっていく。

MICHIKARAに参加する社員は毎回25人くらいなんですよ。だけど、このプログラムに参加する社員の支援のために、人事の方が40人くらいいらっしゃるんです。

――参加者よりだいぶ多いですね。

山田
市長プレゼンだけでなく、3日間の合宿にずっと付きっきりという人事部長もいらっしゃいます。さらに、プレゼンには社員の上司もお見えになるので、最終的には50人くらいになる。MICHIKARAは最初の2016年だけ2回、2017年以降は年1回の開催ですけど、この5年間で250名の方が首都圏から塩尻に来られた計算になる。その方たちが塩尻のことを首都圏で語ってくださる。塩尻の「関係人口」としてプロモーションしてくれるので、何よりの宣伝になりますよね。

写真のコーヒーカップは、実は紙製の漆器。塩尻市は400年続く木曽漆器の産地としても知られている。

選ぶ道はいつも「声の小さいほう」

――山田さんご自身について伺います。ご著書『日本一おかしな公務員』のなかで、新しい取り組みを始めるときは「面白い!」「好き!」という直感で動き出すと書かれています。MICHIKARAを始めたのも「面白い!」という直感があったからだと思いますが、「面白い」「面白くない」の判断基準はありますか。

山田
あります。声の小さいほうを選びます。

(それ、どこかで聞いたことあるなあ)って感じたアイデアは、すでにほかのだれかがやっていることなんですよね。そうじゃなくて、(それマジ? 初めて聞いた)っていうアイデアへの関心がすごく強いですね。それに取り組めば一番になれる可能性があるから。イノベーター理論で「イノベーター」タイプに分類される消費者、「革新的な新商品をいち早く購入する、市場全体の2.5%を占める層」に近い感覚なのかもしれません。

言い換えると、多くの人が共感できる物事はわたしが取り組むべきじゃないんだろうなと。例えば、「市役所、なんで辞めないんですか」「独立しないんですか」とよく言われるんですけど、なぜ辞めないかって言うと、「辞めて独立したほうがいいよ」って声が大きいからですよ。

そもそも日本に92万人しかいないんですよ、地方公務員。全国平均で人口100人あたり3人。塩尻市だけで言うと、住民120人あたり1人しかいない。だから、辞めないで公務員を続けているほうがブルーオーシャンだなって思うんです。これが判断基準ですね。……うん、これまで無意識だったことを言葉にできるようになってきました。

――積極的にいろいろな企業と関わってらっしゃるので、ヘッドハンティングされることもあるのではないですか。

山田
ないですね。企業の方からは、「市役所に企業と話ができる人がいたほうがいい」ってよく言われます。「山ちゃんが市役所にいるからMICHIKARAができたり、市長のアポが取れたり、こっちの提案が市の政策になったりするんでしょ」と。むしろ「こっちに来ないで」と。

――(笑)。企業側には来ないでくれ、と。

山田
はい。競合になる可能性もありますからね。

MICHIKARAの第1期に参加してくださったリクルートホールディングスの責任者の方から言われて、すごく心に残っていることがあるんです。「MICHIKARA、めちゃめちゃいいプログラムだよね。だってこれ、世の中を良くすることだけ考えればいいんでしょ。マネタイズ考えなくていいんでしょ」って。

もう、シビレましたね。もちろん彼らも、世の中を良くしようとしているんですよ。でもわたしたち公務員は、マネタイズを考えなくていい。声の小さいほう、全国民100人中の3人であり続けたいと、このとき改めて思いました。

ただ、声が小さいか大きいか、つまり、わたしが関心を持ったことが多数派なのか少数派なのかは、主観では判断できない。世の中の事象を知らないと判断できない。だから、とにかくシャワーを浴びるように本を手に取るようにしています。

山田崇(やまだたかし)

1975年、長野県塩尻市生まれ。千葉大学工学部応用化学科卒業。1998年、塩尻市役所に入庁。現在、塩尻市役所 企画政策部 地方創生推進課 地方創生推進係長(シティプロモーション担当)。空き家プロジェクトnanoda代表、内閣府地域活性化伝道師。2014年「地域に飛び出す公務員アウォード2013」大賞を受賞。同年、TEDx Sakuでのトーク「元ナンパ師の市職員が挑戦する、すごく真面目でナンパな『地域活性化』の取組み」に登壇し、話題になった。自身が手掛ける「MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム」がグッドデザイン賞2016を受賞。2019年、『日本一おかしな公務員』(日本経済新聞出版社)を上梓。信州大学 キャリア教育・サポートセンター 特任講師(教育・産学官地域連携)を務め、ローカルイノベーター養成コース特別講師/地域ブランド実践ゼミを担当している。

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