出口 治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
意識改革、社会システム改革の遅れが日本経済の成長を阻み、その解決策につながる「学ぶこと」さえも阻んでいる。4回にわたって論じてきたこの日本の問題点を克服するには、改めて「考える力」と物事を正確に見るための方法論が重要であると出口氏は説く。その実践に向けて、「常識を疑う」ことから始めよとのアドバイスを頂く。

「第1回:なぜ日本の成長率は低迷しているのか」はこちら>
「第2回:成長のカギは性別、国籍、年齢フリーにあり」はこちら>
「第3回:経験に学び、歴史に学ぶリーダーの条件」はこちら>
「第4回:学ぶことを阻害する日本の社会システム」はこちら>

いろいろな材料×上手な調理法=おいしい料理

山口
リーダーはもちろん、私たち一人ひとりが学び続けることが社会を変えていくのだと思いますが、学ぶというのはただ知識を貯めることだけではないですね。

出口
ええ、僕はいつも次のように説明しています。「おいしい料理とまずい料理のどちらを食べたいですか」と聞けば、皆さん「おいしい料理」と答えます。では「おいしい料理」とはどんな料理でしょうか。それは因数分解、つまり要素に分解してみると分かります。おいしい料理を構成する要素は、「いろいろな材料」と「上手な調理法」であると説明されれば、皆さん納得できますよね。

では人生はどうか。「おいしい人生」と「まずい人生」のどちらかを選ぶなら、皆さん「おいしい人生」を選びます。「おいしい人生」に必要なものは何かを料理のアナロジーで考えると、「いろいろな材料」は「さまざまな知識」に、「上手な調理法」は「自分の頭で考える力」と置き換えることができるでしょう。知識は材料ですが、材料を集めただけでは役に立ちません。どう組み合わせて調理すればおいしくなるのか、論理的に考える力があってこそ、おいしい料理、おいしい人生が完成する。おいしい人生はイノベーションと言い換えることもできますね。「さまざまな知識×論理的に考える力」がイノベーションを生み出すのです。

僕が社会人になった頃は、一つの言葉の意味を調べるにも、図書室へ行って百科事典を引かなければなりませんでした。今はスマートフォンで瞬時に分かります。知識を得るためのコストや手間が格段に小さくなっている社会では、考える力の差が結果を分けます。

考える力を鍛えるには、料理でレシピ本を参考にするのと同じように、最初は模倣から入ります。ただし、よいレシピを真似しなければ料理は上達しないように、まずはアダム・スミス、デカルト、ヒューム、アリストテレスといった、優れた考える力を持った先人が書いた古典を丁寧に読み込むことです。思考のプロセスを追体験して、思考パターンを学ぶことから入るのです。そしてそれを自分なりにアレンジしながら、考える力を鍛えるほかありません。

山口
考えることも一種の作法が必要ということですね。「考える力」と言うと試験問題を解く力のように誤解されることがありますが、違いますね。

出口
まったく違うんですね。問いを立てる力であり、常識を疑う力です。

山口
そのためには、例えば、デカルトがみずからの常識を疑い、問いを立てるプロセスを書いた『方法序説』のような本を読み、追体験していくことで、ある種の型を覚えることが大事だということですね。

出口
そうです。今後AI(人工知能)のような技術がさらに社会に浸透し、IT化が進めば進むほど、リベラルアーツの力が大事になってくると思います。人間に問われているのは本質的に考える力なのですから。

前回、日本企業の生産性が低いのはマネジメントに問題があるためだという話をしましたが、その根本的な原因は、分析をせず、論理的に考えないことにあります。高度成長はなぜ起きたのか。きちんと論理的に考えれば、アトキンソン氏の分析したとおり人口増加の効果が最も大きかったということは明らかなのですが、日本人は器用で協調性があるからだとか、「三方よし」の日本型経営によって成長したと思い込んでいる。ここが問題なのです。日本型経営が優れているなら、なぜ2,000時間も働いて1%しか成長できないのか。エビデンスに基づかない根拠なき精神論では、今起きている世界の変化に対応できるはずがないでしょう。

常識を疑い、ファクトとロジックで考える

山口
世の中でよく言われていることについて、「それは本当か」と疑うことができるかどうかは、幅広く物事を知っているかどうかに関わってくるわけですね。

出口
物事を正確に見るための方法論として、僕はよく「タテヨコ算数」と話しています。タテは歴史です。昔の人が物事についてどう考えたのかを知ることです。ヨコは他の国や違う業界です。日本社会の常識、業界の常識と思っていることが、世界ではどう見られ、考えられているのかを知ることも欠かせません。そして算数は、それらを具体的な数字、ファクト、ロジックで把握するということです。

山口
自分が今いる場所でずっと足下を見ていると、自分の立ち位置が分からなくなります。だから客観的な視点で見ることが大事だと。

出口
そうです。これもよく勘違いされていることですが、「多様性が大事だ」と述べると、「いろんな意見が出ると意思決定が遅くなるのでは」と言う人がいます。ではグローバル企業はなぜ意思決定が速いのでしょうか。実は、同質社会ほど忖度や空気を読むために意思決定が遅くなります。さまざまな意見や価値観のある異質な社会は、数字、ファクト、ロジックに基づいて考えるほかないために、かえって意思決定が速くなるのです。

また、GAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple Inc.)のような多国籍企業よりも日本企業のほうが社員を大切にしていると思っている経営者が今でも少なくありませんが、それも本当なのか。タテヨコ算数で考えた人はいるでしょうか。Google のように、年齢や性別、国籍などのデータをすべて抹消し、過去の成果と今の仕事と将来の希望で人を評価する方がはるかに人間的ではないか。GAFAは社員を大事にして、サイエンスに基づく経営をしているからこそ、いいアイデアが生まれ生産性が上がるのではないか。そう考え直してみることも必要でしょう。

山口
私は先生の書かれたものをたくさん拝読していますが、特に感銘を受けたのが、「生きることは『世界経営計画のサブシステム』であるべき」という言葉です。「自分は今の置かれているポジションで何をすれば、世界を変えることにつながるのか」を考え続けていくことが働く意味、生きる意味であると。本当にそのとおりなのですが、今の社会では世界で起きていることと個人との分断、経営との分断が大きくなっているように感じます。

出口
国連のSDGs(持続可能な開発目標)という世界の大きな潮流も、日本では自分たちのビジネスと結びつけて考えている経営者はまだ少数ですね。要するに精神の鎖国状態が起きているということが一番の問題なのですが、それも勉強することで変わるはずです。

山口
希望と言えるのは、ミレニアル世代*1に、経済的価値だけを追い求めるのではなく、社会課題の解決に貢献したいと考える人が増えていることです。企業の社会的価値を重視して就職先を決める人が増えてくると、企業の側も変わっていくのではないでしょうか。

*1 さまざまな定義があるが、おおむね1980年代~2000年前後に生まれた世代

出口
そうした変化が、みんなが勉強するようになったことの表れだとすると喜ばしいですね。とにかく今は時間との競争です。世界の変化に、日本社会の変革のスピードが追いつけるのか。そこで負けたらこの国は衰退しかないわけですが、結果は出るまで誰にも分かりません。だからこそアトキンソン氏は、われわれ日本人に対して悠長に構えていていいのかと警鐘を鳴らしているわけですね。少なくとも日本再生のカギは、これまでの学び方を見直し、人・本・旅で原点から学び続けることにあるということ、再生のキーワードは女性、ダイバーシティ、高学歴であるということを、最後に改めて強調しておきたいと思います。

出口 治明(でぐち はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年に上場。10年間にわたって社長、会長を務める。2018年1月より現職。著書は『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史上・下』(新潮社)、『人類5000年史Ⅰ、II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。