シェフという仕事の重要性は料理の善し悪しだけではない。料理に関わるすべての人たちの管理職としての力量も問われる。世界的なシェフとなり大勢のスタッフと、生産者に囲まれる浜田統之氏の管理術と交友術について伺った。

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自分はどうしたい? やりたいのか、やりたくないのか?

――軽井沢(ユカワタン)では大勢のスタッフをまとめていたと思いますが、浜田イズムをどう伝えていたのでしょう。

浜田
当時は90人くらいの調理スタッフがいました。皆を統制しつつ、めざす方向性を示すのがシェフの役割ですが、自分から「〇〇をしなさい」と言うことはなかったです。

言われなくてもやる人はやるし、成功する人はすると僕は思っていたので、部下の今までの経験値にかかわらず、「自分がどうしたいのか、やりたいのかやりたくないのか」だけを聞いて、やりたい人がいるなら、それを可能にするトレーニング方法を提案していました。

土地柄、生産者も近いので、野菜の使えそうなところまで捨ててしまうスタッフには、「生産者のところに行って、一日中働きぶりを見てごらん」と伝えます。すると雨の日も風の日も大変な苦労をして、畑に出ていることがわかる。肥料もまかなきゃいけない。雑草も取らなければいけない。いろいろやってくれていることが理解できます。「それをこんなに無駄にすることは、どういうことかわかるよね」と諭すのです。

生産者と近いぶん、分かりやすいんです。一日中いて苦労も知ることで、今まで捨てていたもので何かできないかなと考えます。だからゴミ箱はいつもチェックします。捨てずに何かできることがあるだろうと、思いついたものをやってみると、捨ててしまっていたもののほうが本体より美味しいこともある。

見えなかったことが見えてくる。頭の中だけでできたものを作るのではなく、その使えない部分をいかにするかが料理だと思うのです。そういう教え方をしています。方向性を示して自主性を重んじるのが僕のやり方ですね。

――その管理術は皿洗いの時の経験が生かされているのでしょうね。

浜田
それもあるでしょうし、西岡常一さん(法隆寺の専属宮大工)の本が好きでよく読んでいる影響もあると思います。法隆寺は樹齢1000年以上のヒノキを1500本以上使って組んでいるのですが、各所、ここぞというところにポイントが置かれているんですね。

同じように、若い料理人たちにも各自にやる気を引き出すスイッチがあるのです。僕たちはそれをいかに入れてあげるか。

これをやってくださいと言うと心を閉じてしまう子もいれば、伸びる子もいるけれど、僕がスイッチを入れた子は、教えた瞬間にめちゃめちゃ伸びる実感があります。

ひとりずつ、今年の目標、将来の目標を持たせる。自分で店をやりたいのであれば、それを逆算して、今年はここまで、5年後にはここまで行けば、独立するまでの道筋ができるよね、と。すると、1ヵ月もすれば各自何をするかも定まり、目標のクリアをめざします。

そこに年齢や男女差など関係はないと思っています。

毛蟹とウニのリゾット

自分じゃないとできないことをすべき

――スタッフを怒ることはないのですか。

浜田
今はあまりないですね。それよりも、なぜそういうふうになったかを考えます。

もしよからぬことをするスタッフがいたら、なぜそういう行動に出たのかを、僕たちリーダークラスは考える。怒っても聞かないパターンが多いですからね。

目標(ゴール)は設定しているので、怒ってそこに行くよりも怒らずに行ったほうがいいと考えています。であれば、彼ら彼女たちをそこに導くための違う方法として、先ほどのスイッチとか、やり方とか、研修とか、生産者の人たちとの交流とか。伝え方が重要だと考えています。

強引に力で納得させても悪いことのほうが多いんじゃないかと思っています。

マルコンさんのところもそうでした。怒鳴るのではなく緊張感を持たせて料理を出すことに集中している。ひとりに対してガーッと言うことはまずない。何か問題が起きても、後でミーティングをするんです。「なぜそうなったのか、僕らはこう思っているんだけど、どうなの」と聞いてあげたほうがいいのです。

――現在の、星のや東京の調理スタッフに対しては、どのように接しているのですか。厨房を拝見したところ、若いスタッフが多く、女性の比率も高いように見えましたが。

浜田
ここに調理スタッフは17人ほどいて、傍から見れば僕の指示の元やってもらっているように思えるかもしれませんが、僕はスタッフに僕の料理を作って欲しいとは思っていません。それは僕にしかできないことですから。

逆に彼・彼女たちじゃないとできないこと、自分じゃないとできないことをしたほうがいいという考えで接しています。

取引相手と思ってない。友達です。

――生産者との関係作りはどのようにされているのですか。

浜田
重要視するのはマインド、価値観が同じかどうかです。食材を見ていいなぁと思って生産者に会うと、だいたいマインドが合うんです。逆に食材がダメだなと思うと相手とは合わない。人が関わっている以上、絶対にその人の想いなどの波動が食材に入りますから。

本来は生産者=取引業者なのでしょうが、僕はそう思ったことはありません。ストレートに言えば友達感覚でさまざまな企画が進んでいきます。そういう関係を楽しめるような仲間ばかりなんです。

――そのお仲間には、その世界で大変有名な方々が多数いらっしゃいますよね。

浜田
共通点は価値観が合うこと。これに尽きます。僕がほれ込んで魚を卸してもらっている焼津の前田尚毅さん(サスエ前田魚店)とは、水産資源が減っているから小さい魚を取るのは良くないとか、海を守るには海だけではなく山も守らないといけないねとよく話しています。

目の前のものを全部、根こそぎ取ってしまうのは人間だけなんです。動物は絶対に食べ尽くさないですからね。

「明日こんな魚が欲しい」、「いい魚が入ったよ」といったやり取りも、毎日10通以上しています。時には、「この魚を見た時、浜田君の顔が思い浮かんだんだ」って言ってその日のとっておきの魚を送ってくれる人なんです。

器を作ってもらっている青木良太さんも同じ。彼とは同世代で波長が合うし、今でこそ人気陶芸家ですが、10年以上前から「3000年後に自分の作品を見て『これ、すごい!』と評価してもらえるかわからない。だから僕らはもっと頑張らなければいけない」と話していた。そのマインドが僕と合う。

「今度、こんな料理を作ろうと思っているのだけど、そのための器を作ってくれない?」と話をすると「ぜひやらせてほしい」と、即答してくれる。

僕の周りにいる人たちはある意味、少し変わった人ばかりなんです。周りから見たら変わっているように見えるけれど、自分にとっては自然と会話しながら、いいものをお客さんに届けたいという共通の思いを持った人々なのです。

魚屋さんにできることの最高級、陶芸家にできることの最高級、僕はそれをまとめてお客さんに届けるだけです。

酒盗と蕗のソースで味付けした鰹のたたき

星のや東京 ダイニング「Nipponキュイジーヌ」夏メニュー

星のや東京は、東京・大手町という金融・経済の中心にある日本旅館である。「和のおもてなし」が体験できるとあって、土地柄、世界各国の企業経営者やエグゼクティブをゲストとして迎えている。

青森ヒバの一枚板の扉が開かれた瞬間、白檀を調合した香りが都会の喧騒を忘れさせてくれる。玄関で靴をぬいで上がり框に足をかければ、あとは、畳敷きの館内で日本の伝統文化に触れることができる。17階の最上階には温泉があり、吹き抜けの露天風呂から真上を見れば都会の四角い天空がのぞく。地階には大きな石のオブジェが配置され、地層をイメージした土壁の間を抜ければダイニングに至る。宿泊客だけが味わえる「Nipponキュイジーヌ」の舞台。

夏メニューのコースの一部をご紹介すると、五味(塩・酸・苦・辛・甘)を楽しむ「五つの意思」、酒盗と蕗のソースで味付けした鰹のたたき、鮪のほほ肉のコンフィ、毛蟹とウニのリゾットなど。いままで出会ったことのない香り豊かな味わいが心を満たす。魚と野草、野菜だけの限られた食材で考え抜かれた料理は、世界にふたつとないここだけのもの。非日常のやすらぎの感覚がダイニングにも息づいている。

【星のや東京】
東京都千代田区大手町一丁目9番1
TEL.0570-073-066(星のや総合予約)

浜田統之 Noriyuki Hamada

1975年、鳥取県生まれ。18歳からイタリア料理の世界で腕を磨き、24歳でフランス料理に転身。2013年、ボキューズ・ドール国際料理コンクールフランス大会本選で世界第3位となり銅メダル獲得。2016年、星のや東京料理長。2017年、ボキューズ・ドール国際料理コンクール30周年記念ガラディナーで、約1,500名の世界の食通を前に魚料理を提供した。

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