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僕自身は投資とか資産運用には特段の関心がありません。「円」が上がってきた、じゃあ「ドル」を売りましょうとか、そういうのにはまったく関心がない、というか面倒だというか、そういうことを考えながら生活したくない。その1でも話したように、お金の性質からして、「ドル」を買った瞬間に「円」が高くなってきた、これでお鮨何回行けたのにとか思ってしまうので、精神的にも不健康です。要するに、僕はケチなんだと思います。良く言えば、お金については堅実な性格。僕は「一獲千金」とか「一発大逆転」とか「あぶく銭」っていうものは絶対に信じません。宝くじとか買ったことがないし、ギャンブルも一切興味がありません。

そんな僕も、実は未公開株を1つだけ持っているのですが、それはその経営者がやろうとしていることに強く賛同していて、自分の賛同を行動で示したいと思ったからです。ゼロになってもいい。スタートアップへの投資というのはそういうものです。

僕の投資哲学は、『効率的市場仮説』に基づいています。すなわち、「低コスト」、「長期分散」、「放置」。ただし、それをずっと意識しているのは嫌なので、人に任せているんです。使わないお金は信託銀行の信託口座に入れて、「低コスト」、「長期分散」で超保守的にやってくださいという自分の方針を伝えて、放置してあります。もちろん報酬はコミッション(手数料)ではなくフィー(作業報酬)のみの契約です。

1回の取引の取引額に対する何パーセントではなくて、決めたフィーをお支払いしますので、フィーを引いた後で1%でも利回りが付いていればもう御の字なんで、とにかく減らさないでくださいという話をして、あとは勝手にやってもらっています。

コミッションでの金融取引はどう考えても論理的におかしい。現在、日本はトランザクションごとのコミッションで手数料を取るのがまだまだ一般的です。これを早くフィーに変えないと、いつまでたっても利益相反の問題は解決しない。貯蓄から投資へのシフトも進みません。本来は個人が家計で取れるはずの利益も取れず、普通預金に殺されていて、政府としても税収がないという非常に無駄なことが続くことになります。

海外ではコミッションからフィーに移っていった歴史があります。たとえばイギリスでは、もう既にコミッションでの取引は法的に禁止されています。アメリカでも長い時間をかけてコミッションからフィーへと移行しています。しかも、いまのアメリカでは、IFA(Independent Financial Advisor)というフィナンシャルアドバイザーが、証券会社に代わって個人の資産形成を担うようになってきています。

僕はIFAの業界に興味があって、アメリカの西海岸でいろいろなIFAの会社の人に話を聞いたのですが、あるIFAの会社の経営者から聞いた話に、本当に納得させられました。

「どういう理念で、この会社をやっているのですか」という僕の質問に、その人は「人間にとってもっとも意味がなく、非生産的で不健康なこと、それはお金について考えることだ。私たちの役割は、そんな意味のない活動からお客さまを解放し、実生活を生きてもらうことにある」と答えました。

IFAという業種がアメリカで重要な役割を果たしています。アメリカでも、これは30年前にはほとんどなかったものなのです。僕は日本も将来はそういうふうになるべきだと思っています。日本でIFA的な役割を果たすのは、もしかしたら一部の銀行かもしれませんし、アメリカみたいに金融機関から独立したIFAかもしれません。いずれにせよ、いまのようなコミッション報酬体系を全廃し、フィーに移行することが何よりも重要だというのが、僕の意見です。

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

ここでは紹介しきれなかった話をお届けする、楠木建の「EFOビジネスレビュー」アウトテイクはこちら>

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。