一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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今回は、お金の「支出」についてお話します。僕は、お金の使い方にこそその人のスタイルが表れると思っています。お金の使い方を知ることは人間理解のアプローチとしてとても面白い。まずもって「支出」というのは、はっきりと目に見える具体的な行動です。僕は人を見るときは行動主義の立場を取ります。意見や主張はいろいろあるにせよ、結局のところその人が実際にどういう行動に出るか、これがその人についての本当を表している。「スタイル」とは外部から観察できるものです。単なる意見とか主張ではなく、人を理解するときは「スタイル」が重要だと思っています。

僕の大好きなエピソードで、岡本太郎の竹山道雄批判という話があります。竹山道雄は、『ビルマの竪琴』の作者として有名ですが、『昭和の精神史』など戦後の論壇で重きをなしていた評論家です。竹山道雄が『古都遍歴』という著書の中で、奈良の斑鳩の里からバスに乗って、つり革につかまって町並みを見ていると、戦後復興で駅前から昔の風景がなくなってしまっていた。パチンコ屋があって、ブリキの看板を立てたお店があって、チンドン屋が大きな音を出して、なんと乱れた世の中だろうというのを文章に書いた。それを読んだ岡本太郎は、近代工業の産物であるバスに乗り、おそらくパッとしない背広を着て古都の変貌を嘆いてるあなたこそ、惨憺たる駅前の風景が似合う風体ではないかと痛烈に批判するんですね。いろいろと論評しているけど、あなた自身の行動は何なんだっていう、痛快極まりない話です。岡本太郎のスタイル主義が強く表れている話です。

よく、本棚を見ればその人がわかるとか、何を食べているかであなたがわかるとか言いますよね。お金の使い方というのは特にその人が出るはずです。もし、いろいろな人のお金の使い方がわかれば、稼ぎ方よりよほど人間理解の役に立つと思います。ただ、最初に話したように、お金の話はあまり前面には出てこないのが残念なところ。

僕自身の消費の原則というのは、やっぱり好きなものを長く使って、長く使ってるから好きになるみたいなところがあって、モノはあまり買わない方です。柿ピーの恨みだと思うんですが、スーパーで、値段を見ずにこっちのほうがおいしそうだなと買うこともあります。でも、その程度の話であまり消費に積極的ではない。それでも経験財にはときどき奮発してお金を出すこともあります。

僕はあまり旅行が好きではありませんが、いざ行くとなると、ホテルへの出費はわりと惜しまないほうです。ただ、飛行機のビジネスクラスは使いません。それでも、新幹線のグリーン車は移動中に仕事ができたりするので、価値があると思って利用しています。結局、僕の持ってる価値基準っていうのが、そういう消費行動、支出の行動に反映されているということです。

あとは、ご飯でも食べに行きますかっていう時、相手が僕よりも世代が若い人たちだったりする場合には、なるべく気前良くおごりたい。でも、それ以上に好きなのが、大金持ちにおごってもらうご飯です。何せ大金持ちなので相手のふところも全然気にならないし、こっちもおいしいし、消費で社会にも貢献できる。これほど全方位的な善行ってないんじゃないかなと思っているぐらいです。早川さん、いつもごちそうさまです!

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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