加治慶光 株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal / 吉藤オリィ氏 株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長CVO / 矢野和男 株式会社日立製作所 フェロー兼株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
2025年8月1日、「デジタルとハピネスから生み出すAI時代の企業変革」をテーマに、日立製作所主催のイベントを開催した。ゲストは株式会社オリィ研究所共同創業者 代表取締役所長CVOの吉藤オリィ氏。吉藤氏による特別講演、および株式会社日立製作所 フェロー兼株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO 矢野和男、Lumada Innovation Hub Senior Principalの加治慶光 3名で行われたトークセッションのイベント採録を5回に渡ってお届けする。第4回は、吉藤氏、矢野、加治によるパネルディスカッション前編。

「第1回:人類の孤独を解消するテクノロジー(前編)」はこちら>
「第2回:人類の孤独を解消するテクノロジー(後編)」はこちら>
「第3回:人はAIと共に進化する」はこちら>
「第4回:パネルディスカッション前編」
「第5回:パネルディスカッション後編」はこちら>

挑戦の原動力

加治
オリィさん、矢野さん、よろしくお願いします。OriHimeと生成AI、アプローチは全く違うお二人ですが、人間の幸せや生きがいを追求されているところは共通していると思いました。それぞれとても難しい、それだけにやりがいのあることに挑戦されていますが、一体何が原動力になってこうした精力的な取り組みをなさっているのか、まずオリィさんから教えていただけますか。

吉藤
私にはテクノロジーへの興味であったり、考えることが好きだったり、作ることが好き、ロボットが好きといった好奇心という面ももちろんあります。でも私が一番やりたいことは、人類の孤独を解消する方法を残したいということです。私は会社を作った翌年ぐらいには、番田という寝たきりの秘書を雇って一緒に活動してきました。それは、障がい者を雇用して褒められたいわけではなく、寝たきりの先輩の力が必要だったからです。

私が引きこもっていた3年半というのは、もう自分で命を絶ってしまった方がいいとさえ感じ、死なない理由を必死に探していました。過去にそういう経験をしたことで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方と知り合ってその人間性に触れ、一緒に研究したいと思いました。いつか体を動かすことができなくなる時に、私に残された選択肢はなんだろうということを、体がまだ動くうちに探しておきたい。だから私の研究は、究極自分事なのです。自分事だから本気だし、私は孤独の解消につながらないことはやらないと決めて、今できることをやっています。

加治
孤独というのは日本だけではなくて、世界中で大問題になってきていますし、それがまた分断につながり、世界の不安定にもつながっています。それを自分事化して、モチベーションにされているというのは、仕事や生き方の大切なヒントになると思いました。続きまして、矢野さんの原動力についても教えてください。

矢野
私はもともと理論物理学の人間で、基本的に物理を中心とした科学が、社会を良くしてきたと思っています。宇宙の始まりからDNAの成り立ちまで、われわれは科学的に理解することができるようになってきた。その一方で、人間の心や幸せというのは科学で理解できるものではない、そんな認識がありました。私はそこを、データやテクノロジーを使って科学的に解明できれば、もっとみんなが幸せでやりたいことができる世の中が作れるのではないか。そう考え、ハピネスについて研究してきました。

最近は、ハピネスプラネットという会社の代表になってから、経営の難しさを感じると同時に、経営者の孤独というものも感じるようになりました。もちろん社員やいろいろな人たちともお会いして話すのですが、やはり誰にも頼れないし、トップは皆さん孤独だと思います。そんな経営者の思考の伴走者として「Happiness Planet FIRA(フィーラ)」を開発したのも、日本の経営者に元気になって欲しいからです。

AIという誤解

加治
ぜひオリィさんに伺いたかったのは、カフェに「Ain't AI」という看板やTシャツがありましたが、「AIじゃないぜ」というのは何か意図があってのことなのですか。

吉藤
これは決してAIを否定するという意味ではありません。「Ain't AI」は、何か主張しているように感じられるかもしれませんが、ただのダジャレです。というのも、最近は何でもAIの時代なので、私たちのカフェにも「このロボットは、どんなAIを搭載しているんだろう」という先入観で来られるお客さまが増えてきました。でも私たちのカフェのロボットは、まちゅんさんのような生身の人間の分身であり、AIが接客するのではないことをはっきりさせたくて、看板やTシャツにしました。

AIか人間かという違いで、面白いエピソードがあります。Ars Electronicaというクリエイティブ機関から賞をいただけるということで、コロナの渦中にオーストリアに行きました。ところが現地でコロナに罹ってしまい、生身の私ではなくOriHimeで授賞式に出席し、賞を受け取ることになりました。OriHimeで登壇した時、会場の皆さんはAIロボットだと思っているので、私は生身の人間であることを証明するために、そこでしか言えない話をしようといろいろ考えていました。そしていざ話す時に、コロナ患者でしたからしんどくなってゴッホゴッホとせき込んでしまったのです。しかしせきをしたことで、OriHimeはAIではなく人間であることが一瞬で伝わり、すぐに大きな拍手が起こりました。

カフェでも同じで、元キャビンアテンダントや、接客業の元経営者も働いているので、完璧な接客ができてしまう人もいるのですが、そういう人ほどAIに間違われる。むしろたどたどしかったり、玄関のピンポンという音が入ったりする方が、人間が接客していると思われます。

加治
確かにそれくらい今は、AIがあふれています。

矢野
私は学生時代からジャズが好きで楽器を演奏するのですが、今のオリィさんの話を聞いて、今から40年ほど前にシンセサイザーが登場した時を思い出しました。シンセサイザーという楽器は、電子的にどんな音でも出せて、サンプリングすれば本物そっくりの音も出せて普通の人には区別がつきません。あの時は、すべての音楽がシンセサイザーで作られるようになって、いろいろな楽器の演奏者なんて必要なくなる、多くの人はそう考えました。ところが全くそうはなりませんでした。シンセサイザーが高度化すればするほど、生ピアノとか生ギター、肉声であるボーカルの価値が逆に高くなりました。

AIにも同じことが言えると思います。これからは、人間らしさ、人間でなければできないことの価値が上がっていくでしょう。人間はそこに集中するためにも、AIにできることはAIに任せていくことが大切です。

「第5回:パネルディスカッション後編」はこちら>

吉藤オリィ(よしふじ おりぃ)
株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長 CVO
「孤独を解消する。」分身ロボット「OriHime」の開発者であり、株式会社オリィ研究所代表として、人と人との“つながり”をテクノロジーで支える活動に取り組む。生活環境や入院、身体障がいなどの様々な理由で外出の難しい「移動困難者」が、分身ロボットをリモートで操縦して、仲間とともに生き生きと働くことができるカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を運営。世界的権威を持つメディアアートの祭典「Ars Electronica」が主催する「Prix Ars Electronica 2022」において、デジタルコミュニティ部門の最高賞である「Golden Nica(部門最高賞)」を受賞。

矢野 和男(やの かずお)
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。

加治慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。