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「第2回:人類の孤独を解消するテクノロジー(後編)」
心を運ぶモビリティ
車椅子を作り、ロボットを作り、意思伝達装置を作り、カフェを作る。こうした活動は、すべて私の研究テーマである「コミュニケーションテクノロジーで人類の孤独を解消する」ためにやっていることです。3年半、引きこもって天井を見続けていた話をしましたが、あの時は日本語を忘れかけました。頬の筋肉が衰えて笑うこともうまくできなくなりました。皆さんも、親御さんや大切な人を独りぼっちで2週間以上放置することはやめましょう。孤独は、うつや認知症の原因になるといわれていますが、それが間違いないことを私は身をもって実感しました。
例えば平均寿命と健康寿命の差で考えると、男性で約9年、女性で12年ほどは、健康でない状態で生きるという老後が待っています。私は3年半の不登校だけで本当に苦しかったのですが、その2倍以上孤独な時間が待っていると考えると、生きることがつらくなります。これをどうすれば解消することができるのか。ALSの方たちを研究していくと、体以上に心の孤立が不安で不幸な状態を生み出すことがわかってきました。
私は体を運ぶ車椅子を作ってきましたが、もうひとつ必要なのは、心を運ぶ装置ではないか。例えば親の介護のために、年間10万人が介護離職しています。その人たちの心を運ぶ装置があれば、職場を去ることもなく社会に参加し続けられるのではないか。OriHimeは、そんな心を運ぶモビリティという発想から生まれた分身ロボットです。
世の中は、その場にいることを前提にデザインされています。体を運ぶことができない人は、参加したことにはならない。学校、仕事、買い物、アクティビティ、みんなそうです。引きこもりの人は、仮病ではなく本当にお腹が痛くなるし、学校に行こうと思うだけで冷や汗や震えが止まらなくなります。学校に体を運ぶことが、非常に困難なのです。しかし学校側も、登校してもらわないとサポートができません。今はこのOriHimeを使うことによって、引きこもりの人も授業が受けられるし、友達を作ることができます。その結果、学校まで体を運ぶというハードルをクリアし、不登校から復帰できたという事例も生まれています。
OriHimeの対話
吉藤
ここに首を動かして周りを見ているOriHimeがいます。皆さん、手を振ってもらっていいですか。振り返していますね、これは「まちゅん」さんという私たちの仲間が遠隔で操作しています。せっかくなのでここで、まちゅんさんに少しお話ししていただきましょう。
まちゅん
皆さん、こんにちは。OriHimeパイロットのまちゅんです。本日は東京の自宅からお話ししています。私はほぼ毎日、家から「今日も暑いですね」というようにカフェのお客さまをおもてなししています。私自身は移動困難当事者です。自宅から出るのが難しくても、働く選択肢が欲しい。それはずっと胸にあった願いでした。また、同じように困っている人にも何かできないか、そんな思いで働いています。私は多発性硬化症という神経難病を抱えており、自分の足でほとんど歩くことができません。そんな中でもリモートワークを中心に、私は仕事をしておりました。しかし3年前にコロナに罹患し、半年近く寝たきりになってしまいました。自由に動ける誰かの手助けなしには移動できず、天井を見つめて毎日泣いていたのを覚えています。誰の役にも立てていないという孤独感に押しつぶされそうになっていました。
そんな私に手を差し伸べてくれたのが、このOriHimeパイロットという仕事です。はじめてお客さまに、「ありがとう、まちゅんさん」と言っていただいた瞬間、閉ざされていた世界が一気に開き、孤独から解放されていったのを覚えています。今の私は、カフェで注文を取り、お客さまと会話を楽しみ、社会の中に自分の席がある幸せを毎日かみしめています。働くということは、収入だけでなく、孤独から解放してくれることなのだと実感しています。
吉藤
ありがとうございます。せっかくなので、アドリブで質問します。OriHimeという分身を使って働くことの面白さを教えてください。
まちゅん
私はOriHimeという分身を使って、お客さまと毎日お話しさせていただいていますが、この姿であるからこそ先入観のようなものが一切なく、私という人間と対峙していただいていると感じながらお話しできることが、一番面白いなと思います。今は、そちらの会場に私もいるかのように、小さな挑戦をしている感じでお話ししています。
第3回は、9月24日公開予定です。
吉藤オリィ(よしふじ おりぃ)
株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長 CVO
「孤独を解消する。」分身ロボット「OriHime」の開発者であり、株式会社オリィ研究所代表として、人と人との“つながり”をテクノロジーで支える活動に取り組む。生活環境や入院、身体障がいなどの様々な理由で外出の難しい「移動困難者」が、分身ロボットをリモートで操縦して、仲間とともに生き生きと働くことができるカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を運営。世界的権威を持つメディアアートの祭典「Ars Electronica」が主催する「Prix Ars Electronica 2022」において、デジタルコミュニティ部門の最高賞である「Golden Nica(部門最高賞)」を受賞。