分身ロボットカフェ
私は、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発したり、その分身ロボットが接客してくれるカフェを運営している吉藤オリィという研究者です。なぜ私がそういう活動をしているのか。それは、「人類の孤独はどうすれば解消できるのか」というテーマを研究するためです。
OriHimeは、カメラとスピーカーと通信機能を持っていて、遠隔で操作することができます。カフェのテーブルにOriHimeを置いておけば、注文を伺ったりお客さまと対話したりという接客がどこからでも可能です。あなたが世界中どこにいても、あなたの分身としてOriHimeはコミュニケーションをとることができます。AIがコミュニケーションするのではなく、生身の人間がコミュニケーションするから分身ロボットなのです。例えばOriHimeを教室の机に置いておけば、けがや病気、あるいはメンタルの問題で学校に通えない子どもでも、授業を受けたり、同級生と会話したりできます。誰かが旅行に持っていけば、あなたは家の中でも旅先の景色を味わうこともできるのです。
日本橋にあるカフェ「DAWN ver.β」では、100人を超えるメンバーが働いています。OriHimeを通して接客してくれるメンバーを、私たちはOriHimeパイロットと呼んでいますが、OriHimeパイロットの中にはALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気で寝たきりになっている人や、精神疾患を持っていて外に出られない人など、さまざまな理由で働くことをあきらめていた人たちが、接客という仕事をしています。人間にとって働くとはどういうことなのか。人間にとって誰かに必要とされることがどれほど重要なことなのか。そういう研究を行っている場が、このカフェなのです。
皆さんは、ALSという病気をご存知ですか。原因がよくわかっていない、運動神経が委縮していく進行性の病気で、年間2,000人ぐらいの方が発症しています。進行してしまうと、ほぼ体を動かすことができなくなってしまい、3~5年で呼吸する筋肉まで麻痺して死に至ることもある病気です。意識ははっきりしているのです。かゆいや痛いという感覚は全てある。しかし指先をピクリと動かすことも、笑うこともしゃべることもできない。24時間、介護が必要な状態になります。呼吸器を付ければ生きられるのですが、呼吸器をつける人は日本で3割、世界では1割もいない、そういった病気です。
ALSの人たちが自力で動かすことのできる目を使って、視線でパソコンを操作できる意思伝達装置も私たちは開発しています。ALSだけではなく様々な難病の方がいますが、寝たきりでも、こうしたコミュニケーションテクノロジーによってOriHimeパイロットになれます。友達と外出したり、世界中様々な人と出会うことができます。カフェで働くことができるのです。2025年4月には、半年間の期間限定ではありますが、デンマークでもカフェをオープンしました。日本から8,000km離れた国に、私たちの同僚ができました。こうした活動は、すべて私たちのテーマである「孤独の解消」のためのものです。実際にOriHimeパイロットとして働いたことがきっかけで、引きこもりから外に出られるようになり、一般企業に就職された方もいます。
吉藤オリィ氏と車椅子開発
少しだけ、私がどんなことをしてきた人間であるかお話ししたいと思います。小さい頃から体が弱くて、小学校5年生の時2週間ほど入院したことがきっかけで、3年半もの間不登校になりました。部屋で天井ばかり見ていた、本当に孤独でつらい経験でした。その後出会ったモノづくりの師匠が教鞭をとる工業高校に行くために、引きこもりを何とか脱することができました。しかし私は人より早く寝たきりになるだろうと思い、高校では車椅子を製作していました。もっとかっこいい車椅子があればいいと思って自作したり、ジャイロセンサーを学校で購入してもらって傾かない車椅子も作りました。溶接が得意で、ハードウェアに興味がある高校生でした。
第2回は、9月22日公開予定です。
吉藤オリィ(よしふじ おりぃ)
株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長 CVO
「孤独を解消する。」分身ロボット「OriHime」の開発者であり、株式会社オリィ研究所代表として、人と人との“つながり”をテクノロジーで支える活動に取り組む。生活環境や入院、身体障がいなどの様々な理由で外出の難しい「移動困難者」が、分身ロボットをリモートで操縦して、仲間とともに生き生きと働くことができるカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を運営。世界的権威を持つメディアアートの祭典「Ars Electronica」が主催する「Prix Ars Electronica 2022」において、デジタルコミュニティ部門の最高賞である「Golden Nica(部門最高賞)」を受賞。