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「第3回:北海道・東川町の取り組み」
北海道・東川町で人口が増えている理由
――自治体消滅が危ぶまれるなか、うまくいっている地域の事例を教えてください。
山﨑
北海道のほぼ中央に位置し、旭川市に隣接する東川町に注目しています。「大雪山国立公園」の区域の一部にもなっている人口約8500人、鉄道も国道も上水道もない小さな町です。にもかかわらず、ここ約25年で定住人口が2割増加し、地域おこし協力隊が76名(2023 年度)と日本一多いことでも知られています。
その背景にあるのが手厚い移住支援策に加え、高校生向け「写真甲子園」開催による認知度の向上、福祉専門学校や日本初の公立日本語学校の設置(2015年)、東川振興公社によるスキー場や温浴施設の運営など、多面的な取り組みです。さらに、国道はないものの、旭川空港まで車で10分という利便性から、2022年には隈研吾建築都市設計事務所によりサテライトオフィス(KAGUの家)が建設され、満室となる盛況ぶりです。隈研吾建築都市設計事務所の北海道事務所もここに入居しています。
また、中長期滞在者をターゲットにした、「School for Life Compath」という大人の学び舎が移住者によって設立されました。全寮制で1週間から数週間、大自然の中で学びながらバケーションを楽しむというもので、新しい観光のスタイルを示したことで注目を集めています。これはデンマーク発祥の成人向けの教育機関「フォルケホイスコーレ」と同様の取り組みで、私は以前からフォルケホイスコーレを北海道に導入すべきと主張していたのですが、すでに東川町で実施されていることを知って驚きました。
農地の大規模化により効率化を図るべき
――産業は何が盛んなのですか?
山﨑
東川は米どころで、大雪山の雪融け水を利用した東川米というブランド米が有名なのですが、近年、高齢化に伴い農家を辞める人が多くなり、ピーク時の3分の1に減っています。ただし耕作放棄地はなく、結果として一農家平均で20ヘクタール近い水田を耕作しています。したがって、農家の平均収入は高く、安定していると考えられます。さらに、新規就農者も多く、水田の購入や借用を希望する人が増え、水田が不足しているほどです。
いま、農業従事者の高齢化が問題となっていますが、そこに打つ手としては、東川町のように農地の大規模化が有効です。実際、北海道開発局では一区画の水田を従来の7倍程度にする圃場整備事業を行っていて、農地の集団化を進めることで、大型機械の導入や効率的な水管理をめざそうとしています。こうした取り組みが功を奏し、北海道の農業経営体当たり経営耕作面積は、2005年の20ヘクタールから2024年には34ヘクタールまで拡大し、EU平均の16ヘクタールを大きく上回っています。
北海道農政部によると、北海道の農業経営体当たりの農業所得は、2022年に587万円であり、所得面からも農業の持続可能性が高まっています。昨年(2024年)からのコメ価格等の高騰により、農業所得はさらに増えているはずです。また、減少傾向にあった北海道の農業産出額は、2010年の9946億円から増加へ反転し、2023年には1兆3478億円と過去最高を記録しました。付加価値に相当する生産農業所得も、2012年の3632億円から2023年には5167億円にまで増加しました。
昨年(2024年)から今年(2025年)にかけて、国内の米不足が問題となっていますが、日本の長期的なトレンドとしては米の需要は減少傾向にあります。しかも人口減に伴い、さらに米の需要が落ち込んでいくことが予想されます。一方、日本のブランド米は海外で高い評価を受けていて、輸出量も増えている。そうした意味でも、やはり農作業を効率化して生産コストを下げつつ生産量を増やし、米の輸出量を増やしていくべきです。実は東川米も輸出への取り組みを強化しているんですよ。サステナブルな農業を考えるうえで、東川町の取り組みは大いに参考になるでしょう。
強力なリーダーシップが生み出した豊かな暮らし
――東川町でさまざまな取り組みができている理由はどこにあるのでしょう?
山﨑
前町長の松岡市郎氏の強力なリーダーシップと人柄によるところが大きいと思います。2003年から5期20年務めた後に2023年に勇退されましたが、まさに水道、鉄道、国道の「三つの道がない」ことを逆手に取って、東川の自然の豊かさをアピールポイントにしながら政策を進めてこられました。
例えば、旭川地域は家具で有名ですが、東川町内に30を超える家具・クラフトの事業所があるように、廃校になった小学校などの町有地を活用した事業所の誘致を積極的に進めてきました。それがまたお洒落にリノベーションされ、カフェが併設されていたりして、新たな観光資源にもなっている。さらに、産業ツーリズムの拠点として家具工場を新設する動きもあります。
――多面的な取り組みが魅力的な町を生み出してきたわけですね。
山﨑
こうした東川町のさまざまな取り組みを、慶應義塾大学の玉村雅敏教授は「東川スタイル」※と呼んでいますが、私は東川の成功の鍵は「働きたいだけ働くモデル」にあると思っています。例えば、朝7〜11時(冬季は8時から)の朝食時と昼13時〜16時だけ、週5日営業している中国茶とお粥の人気店があるのですが、昼と夜は、お店を経営している家族が自分たちで食事をしたいからという理由で、そのような営業時間を設定しているそうです。そのほかにも、週休4日の惣菜店もあります。それこそが町の人がいきいきと働くことにつながっているし、供給を絞ることが希少性を高め、付加価値を創出しているのだと思います。
未来の日本は、東川のように、皆が暮らしたい土地で、働きたい時に働いて、さまざまな活動をしながら暮らしていく社会になるのかもしれませんね。
※ 玉村雅敏、小島敏明編・著『東川スタイル―人口8000人のまちが共創する未来の価値基準』(産学社、2016年)
第4回は、9月17日公開予定です。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)
山﨑朗(やまさき・あきら)
1981年京都大学工学部卒業。1986年九州大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。九州大学助手、フェリス女学院大学講師、滋賀大学助教授、九州大学教授を経て、2005年より中央大学経済学部教授。
著書に『日本の国土計画と地域開発』(東洋経済新報社、1998年)、『半導体クラスターへのシナリオ』(共著、西日本新聞社、2001年)、『地域創生のプレミアム戦略』(編著、中央経済社、2018年)、『地域創生の新しいデザイン』(編著、中央経済社、2025年)など多数。