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組織の矩を超えて、地域全体で取り組む
――人手不足という問題に対しては、当然、一社だけで取り組める問題ではありませんね。
古屋
経営課題自体、もはや一社だけで解決することは難しくなっていますよね。その典型が採用問題です。例えば物流会社であれば、自分の会社はしっかり採用ができたとしても、取引先の流通会社や荷主の採用がうまくいかなくて、その働き手が高齢者ばかりになってしまったとしたら、荷積みや荷下しで取引先の手を借りることは難しくなるでしょう。あるいは、配送時間が大幅に限定されてしまうといったことも起こり得ます。
これからは、サプライチェーン全体、業界全体、地域全体でどのようなサステナブルな社会にできるのかを皆で考えていかなければならないのです。
ですから、私は地域の経営者の皆さんには、「経営者の矩(のり)を超えてください」とお伝えしています。もはや地域課題は行政だけで解決できない規模になってきているし、地域の経営者同士が矩を超えて議論していかざるを得ません。自分の会社のことだけを考えていても、人材獲得がいま以上に楽になることはもうないのです。
それは、大企業も同じです。介護士が足りなくなれば、訪問介護が週5日から3日に減ってしまうかもしれない。そうなれば、親御さんの面倒を見るために、介護離職をせざるを得ない人が増えるでしょう。仕事どころではなくなってしまうわけですね。
現場の課題と先端技術をうまく組み合わせる
――経営者にいますぐに取り組んでほしいこととはなんでしょうか?
古屋
自社の現場の従業員がなにに本当に困っているのか、徹底的に調査することです。現場のことをよく知る「現場参謀」を見つけ、あるいは育て、現場起点のイノベーションの種を発見する体制を構築することが肝要です。
エッセンシャルワークの現場の働き手が不足して、皆が仕事どころではなくなるという状況は、今後、世界のあちこちで起こってくるでしょう。まさに、これは全人類の課題なのです。だからこそ、日本の企業・組織が現場の課題を最先端技術とうまく組み合わせて解決することができれば、世界規模でのイノベーションになる可能性があるわけですね。
残念ながら、最先端のAIや量子コンピュータ、宇宙開発などの分野については、単独では日本の勝ち目はあまりないことがわかってきつつある。唯一、日本に勝ち目のある分野こそが現場の無理・無駄・ムラを最先端技術で解決することです。エッセンシャルワークはAIでの生産性向上はあまり望めないし、しかも、日本では猫の手も借りたい、試したいというニーズが高まっているわけですから、まさに大きなチャンスなのです。
前例のない時代、やれることはなんでもやる
――古屋さんは『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)など、若手の育成に関する書籍も多く書かれています。こうした時代に、人財を惹きつける企業になるにはどうしたら良いのでしょう?
古屋
大企業も中小企業も、これほどの人手不足はいまだかつて経験したことがありません。賃金も同じで、今後はおそらく毎年3〜4%ずつ上げていかなければならなくなる。ここ30年はこんなことはなかったわけですから、試行錯誤するしかありません。正解はないですが、なにもしなければじり貧になる。正解は、やってみなければわからないのです。
若手育成も同じで、これまでのやり方はまったく通用しません。若手育成とは、同時に、若手を育成しているマネージャー層を組織としていかに支えるかということでもあります。
大手企業のマネージャー層にヒアリングすると、若手育成で一番困っているのが、自分の育ったやり方では育てられないことだそうです。その次が、労働環境改善と両立できない、という悩み。労働時間が以前の80%ほどになり、OJTの時間が3分の2程度になるなかで人を育てようとすれば、仕事を覚えるのに以前は10年ですんだのが、15年かかることになりかねません。であれば、やはり企業全体で職場横断的に、さらには社外も使って、若手を育てる仕組みをつくっていくしかないでしょう。育成出向、越境経験により見聞を広めるということも、今後はますます重要になると思います。
――古屋さんご自身も、最初は経済産業省にいて、転職されました。外に出たからこその気づきもあったのでしょうか。
古屋
当時の経産省では、深夜3〜4時まで仕事をするような生活でした(笑)。ただ、外に出たからこそ、いまの職場の素晴らしさを感じるとともに、前職でいかに自分が育ててもらったかも、体感できました。
私も育児をしながら仕事をしていますが、これからはすべての人の役割が否応なく多様化し、多元的な役割をもっていきます。仕事をしながら家事、育児、マンションの管理組合、地域での活動といった役割に参加することによって、そうした活動で得た経験を本業に還元していくようになる。実際にそこからイノベーションにうまくつなげている企業も増えています。だから、いまの人口動態の変化、高齢化を悲観しすぎなくていい。
寿命が伸びるということは、本当はとても幸せなことです。皆が社会参加しながらハッピーに生きられる社会をつくっていけるよう、私もさらに研究を深めていきたいと思っています。
――希望が湧いてきました。本日はありがとうございました。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
2011年、一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省、産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(古屋星斗+リクルートワークス研究所著、プレジデント社)のほか、『ゆるい職場』(中公新書ラクレ)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)、『会社はあなたを育ててくれない』(大和書房)など。