圧倒的な働き手不足に対して、古屋氏は危機をチャンスに変える四つの打ち手を提案している。その一つ目の打ち手である「徹底的な機械化・自動化」はどう進めるべきなのか。カギを握るのは、現場に熟知した“参謀”の存在だと古屋氏。現場の無理・無駄・ムラにこそ、イノベーションのヒントがあり、それらを徹底的になくしていくことで人手不足を解消できると指摘する。

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「第3回:省力化投資のヒントは現場にあり」
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危機をチャンスに変える四つの打ち手

――高齢化による労働人口不足に対して、『「働き手不足1100万人」の衝撃』の中では、座して待つのではなく、危機をチャンスに変えるために四つの打ち手が提案されています。①徹底的な機械化・自動化、②ワーキッシュアクトという選択肢、③シニアの小さな活動、④企業のムダ改革とサポート、とありますが、なぜこの四つを挙げられたのでしょうか?

古屋
すでに誰かがやっていて、効果が見えているものだからです。つまり、机上の空論ではなく、社会実装が可能な方法論だということ。とにかくできることから始めていくしかありません。

図 労働供給制約社会に向けた「4つの打ち手」

(出典:古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』プレジデント社[2024]をもとに作図)

――①の「機械化・自動化」については、総論として反対する経営層は少ないものの、先行投資に躊躇する企業は多いと思います。どのように進めていくのが良いでしょうか。

古屋
日本は製造業の国なので、設備投資というとハードウェアを思い浮かべる経営者が多いと思いますが、いま特に現場で必要とされているのはソフトウェアへの投資です。SaaSなどを利用すれば少額から始められますし、オンライン会議に代表されるように、DXによって人間の働き方を変え、生産性を大きく向上させることが可能です。

ただし、留意しなければならないのは、省力化投資のヒントを経営者自身は持ちあわせていない、という点です。ヒントを持っているのは、現場の働き手なんですね。現場の無理や無駄、ムラを徹底的になくすところにこそ、省力化投資の最大のカギがあります。

ネコ型配膳ロボットはなぜ導入されたのか

――ただ、現場の声は経営者には届きづらいものですよね。

古屋
省力化投資をしている会社の分析を私が行ったところ、うまくいっているケースでは、現場のオペレーションに熟知した「経営者の右腕」がいることを発見しました。製造業だったら、現場で品質管理をした後、工場長までやったような方とか。そういった現場に明るい人が的確にアドバイスしながら、経営企画に加わることがきわめて重要です。

例えば、すかいらーくグループは飲食店におけるDXの嚆矢ですが、あのネコ型配膳ロボットは、まさに「現場参謀」による提案で導入されたものなんですね。現場をよく知る15名ほどの店長経験者チームと、AIやロボット技術に詳しい中途採用の技術者がタッグを汲んで検討したと聞きました。

谷真代表取締役会長によれば、店員の歩数やサーブ時間、片付け時間などをすべて算出し、その店の売上と最もリンクしている変数を探した結果、片付け時間が短くなればなるほど、店の回転率が上がって売上が伸びることがわかったのだという。だから、あのネコ型配膳ロボットを片付けにも導入したそうです。

これにより、店員の配膳や片付けの負担が軽くなるだけでなく、お客さんの参加も促すことで大幅な時間短縮、人員削減ができている。つまり、この取り組みの肝は、ロボットを導入したこと自体ではなく、徹底的に働き手に寄り添った調査からKPIを発見したところにあると言えます。

――ネコ型というのも成功の秘訣の一つでしょうね。

古屋
まさに効果絶大です。かわいいからちょっと手伝おうとか、邪魔しないように椅子を引こうと、お客さんも協力的になるわけですね。

同様に、寿司チェーンのくら寿司の取り組みも秀逸です。これは食べ終わったお皿をお客さんが「皿カウンター水回収システム」へ投入するというものですが、5皿に1回「ビッくらポン!」で景品が当たるチャンスがある。これを目当てに皆、楽しみながら皿の片付けに参加しています。まさに、発想の転換と設備投資によって大きなイノベーションを起こした例と言えます。

無理・無駄・ムラにイノベーションのヒントあり

――四つの打ち手の①「機械化・自動化」は、④の「企業のムダ改革とサポート」につながる話ですが、同書の中に、経営者が感じているほどには現場は無駄を感じていない、というアンケート集計結果がありました。なぜでしょうか?

古屋
それは重要なポイントで、そのカラクリは、「無駄だと言うこと自体が無駄」だと現場が感じてしまっているからかと。そこには、「どうせ言っても変わらないだろう」という諦めがある。というのも、現状を変えられるのは経営者だけだからです。だからこそ、「言っても無駄」だと従業員に思わせてはいけないのです。

もう一つ、消費者にとって無駄だと感じることの徹底的な見直しも重要です。いまやスーパーでは、セルフレジが当たり前になりましたよね。導入当初、現場では熟練のレジ打ちの方ほど、「お客さまにレジをしていただくなんて申し訳ない」と感じていたようですが、客側としては、長蛇の列に並ぶよりも、セルフで早くすむほうがよほどいいですからね。

現場を見直してみれば、消費者が付加価値を感じていないサービスがほかにもたくさんあるはずです。もともと日本企業の現場力は非常に高い。働き手が感じる無理と無駄、ムラなどに改革の大きなヒントがあるとすれば、まさに超高齢化社会こそ、現場発の日本企業の強みが大いに発揮できるのではないでしょうか。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員

2011年、一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省、産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(古屋星斗+リクルートワークス研究所著、プレジデント社)のほか、『ゆるい職場』(中公新書ラクレ)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)、『会社はあなたを育ててくれない』(大和書房)など。