一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回は、株式会社ワークマン(以下ワークマン)をロールモデルに、徹頭徹尾理にかなった経営戦略を具体的に解説していく。その4は、ワークマンの長期利益を可能にしている、真似のできない戦略ストーリーを掘り下げる。

「第1回:長期利益という問い」はこちら>
「第2回:断トツ商品」はこちら>
「第3回:無理をせずに売り続ける」はこちら>
「第4回:競争戦略の神髄」

※ 本記事は、2024年10月1日時点で書かれた内容となっています。

ワークマンが国内のプロ顧客をターゲットにしている限り、当然ですが成長の限界に突き当たります。ここ数年のワークマンは、プロ顧客以外の一般消費者へとターゲットを拡大して成長しようとしています。女性向け商品を取り揃えたワークマン女子やワークマンKIDSなど、現在は8種類の業態で全国展開していて、店舗数は1020店(2024年10月現在)もあるそうです。もちろん、まだうまくいっていないところもあります。今のワークマンには成長痛のようなものがあると思います。それでも持続的な成長に向けて戦略ストーリーを拡張しようという姿勢には見習うべき点があります。

一般消費者にターゲットを拡大する場合でも、その戦略はワークマンがプロ向けに作り上げてきた延長上にあることが重要で、これまでの断トツ商品に限定した商品構成や商品の複数年の長期展開といった戦略は、何も変わっていません。

最近ではプロ顧客と一般顧客の両方を対象にしたハイブリッド型のワークマンプラスという店舗が増えていて、従来型の店舗を移行させています。この新しい業態にした時に、一体何が起きるのか。従来のプロ顧客の来店は現場への行き帰りに集中します。一方で一般の顧客が来店するのはその間の昼の時間帯ですから、オーナーから見ればオペレーションの負荷を平準化しながら二毛作で売り上げを増やすことができる。こういうところも、ひとつひとつの打ち手がこれまでの戦略ストーリーの自然な延長上にあるということを示しています。

一般向けにターゲットを拡大するということは、プロ顧客だけの時より需要予測がはるかに難しくなります。プロ顧客とは異なる戦略が必要になりますし、競合も急激に増えるからです。現在のワークマンの一般ユーザー向けプロモーションは、元々ワークマンのファンであるアンバサダーによるSNSやYouTubeを使ったマーケティングで成功しています。

年間3000枚売れれば良しであった溶接用作業着が、ブロガーの「キャンプの焚火に最適」という投稿で突然売れ出し、そのブロガーを巻き込んで新商品を共同開発することで年間10万枚のヒット商品になったという例もあります。

ワークマンの高機能・低価格の断トツ商品は、この溶接用作業着のようにユーザーがその商品の価値を説明しやすい。またそれを見た消費者も、すぐにその商品の価値が分かるという特徴があります。ファストファッションのブランドが、「この冬のこのアイテムはこんなに素敵でかわいいです」というものとは、伝わり方が全く違う。だからワークマンは、アンバサダーマーケティングの効果が非常に高いわけです。

プロ顧客でも一般ユーザーでも、変わらずワークマンの価値が提供できるのは、こうした1つひとつの戦略が明確な論理でつながっているからです。ざっとおさらいをしておきましょう。

プロ顧客向けの商品だから、長期継続販売ができる → 長期継続販売だから、値引きに依存しない断トツ商品が開発できる → しかもそれは、大量生産によるコストダウンを可能にする → 断トツ商品だからこそ、高精度な需要予測ができる → それに基づいたデータ経営ができるので、オペレーションの負荷を軽減できる → だからフランチャイズ加盟店の運営をラクにできる → 無理なく運営できる環境を整えることで、加盟店のオーナーを増やし維持することができる → 結果、全国に店舗が増えていき長期利益が実現できる

このようにワークマンには、すべての戦略が明確な論理でつながったストーリーがあります。言い方を変えれば、そのストーリーに全く無理がないから長期利益が持続できるのです。表層にある商品や店舗は見えるので、それだけであれば競争相手に追随されてやがて違いがなくなってしまう。しかし独自のストーリーを構成する戦略や論理は、見えません。見えないものは簡単に模倣できませんから、競争優位が持続して儲け続けることができるわけです。まさに戦略芸術です。

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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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