一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回は、株式会社ワークマン(以下ワークマン)をロールモデルに、徹頭徹尾理にかなった経営戦略を具体的に解説していく。その3は、ワークマンの販売戦略について考える。

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「第2回:断トツ商品」はこちら>
「第3回:無理をせずに売り続ける」
「第4回:競争戦略の神髄」はこちら>

※ 本記事は、2024年10月1日時点で書かれた内容となっています。

前回はワークマンの商品作りについてでしたが、今回は売るほうについて考えます。どんな商売でも、作ること以上に売ることが大切です。ワークマンは商品が注目されがちですが、その戦略の真骨頂は売り方にあります。

ワークマンは大口取引の法人販売をやっていません。作業着を企業が法人として大量に購入するという市場には、手を出していないのです。法人販売は受注のロットが大きいので、1つの案件を獲得すれば大きな売り上げになりますが、そのためには多くの営業担当者が必要となります。顧客企業ごとに在庫管理を強いられるなど、店舗の販売よりも手間がかかる上に、昔からのメーカーの寡占も確立している。ですからワークマンは、あくまでも個人で業務用の商品を買いに来るプロ顧客に向けて、店舗で販売するやり方に集中しています。

プロ顧客は仕事の行き帰りに特定商品の目的買いで来店しますから、店舗が駅前とか国道沿いの一等地にある必要はありません。売り場は徹底的に標準化されていて、店舗構成は100坪の1パターンのみ。ほぼ全ての品揃えやレイアウトが、全国で統一されています。これは店舗運営のコストを節約するだけでなく、現場を移動して仕事をしているプロ顧客が、はじめての土地で入った店舗でも迷わず買い物ができるというメリットになります。

一方プロ顧客との信頼関係という意味では、欠品は許されません。なぜなら必要な時に必要な商品を買えないと、彼らのその日の仕事に支障が出てしまうからです。そのためにワークマンは、週6回という過剰とも思える頻度での在庫補充を行っています。

さらにワークマンの販売戦略の中で僕が一番注目しているのが、店舗運営の負荷軽減の徹底ぶりです。店舗はフランチャイズ方式ですからオーナーがいるわけですが、多くの店舗においてオーナーは経営者兼店長です。ワークマンの売り場は、そんな彼らが無理なく安定して運営できるように徹底的に考えられていて、僕はここが特筆すべき他社との違いだと思っています。あっさり言えば、店長の仕事がラク、ということなんです。

まず品揃えや発注といった業務は、システムの推奨発注に従っていれば大体間違いがありません。プロ顧客の皆さんはすでに商品知識を持っているので、売り場での接客や説明がほぼ不要です。値引きもしませんから、煩雑な価格改定の作業もありません。

店長は、開店5分前に入店して準備し、閉店5分後には家に帰れるそうです。だから、お年を召した夫婦2人でも十分に店舗運営ができる。6年ごとに加盟店契約の更新を決めるのですが、高齢で引退されるケースを除けば100%近いオーナーが契約を更新するそうです。さらにその半分以上が子供への事業継承を希望していて、おじいさん、その息子さん、そのお孫さんと3世代で続けている店舗もある。

そんな店長の負担軽減の徹底ぶりを象徴する話があります。ワークマンは現場のプロ用のお店であるにもかかわらず、工具を扱いません。アパレルよりも工具の方が単価は高いので利幅も大きいはずですが、手を出さない。それは工具を売るためには、店長に高度な知識やノウハウを要求され、店舗側の負担が増えて大変になるからです。何を「やらない」かの見極めが徹底している。

ワークマンの販売戦略は、同じフランチャイズのコンビニと比較すると違いは明らかです。今、国内のコンビニエンスストア最大の課題はオーナー不足であり、それは店舗を運営する日々の仕事がハードだからです。ワークマンは同じフランチャイズ方式でありながら、オーナーが見つけやすく、継続して運営してくれます。ですから自然に店舗の数が増えて、ワークマン全体の売り上げも上がる。これがワークマンの長期利益を可能にする、無理をしないで売り続けるというストーリーです。(第4回へつづく

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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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