最相氏が2009年から回答者を務める読売新聞の人気連載「人生案内」。数々の名回答を生み出してきたその人生案内に対しても、最相氏はノンフィクション作品と同じスタンスで臨んでいると話す。さらに、書くテーマを見つけるコツとして「あらゆるものに興味を持つこと」を挙げる。

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気づきを得てもらうための場所

山口
さきほども言いましたが、最相さんのノンフィクション作品ではご自身の存在がうまく抑えられていて、最相さんが半透明の薄いベールに包まれているような印象を受けます。私も、もの書きとしてそのようにニュートラルに書きたいと思いつつ、ともすると自分のルサンチマンに絡めとられそうになることがあります。ものを書くということは自分を表現することでもあり、どうしても自分というものが出てしまいがちだと思うのですが、そのあたりはどのようにコントロールされているのでしょうか。

最相
答えにならなくて申し訳ないのですが、自分としてはそれが普通なんです。特に何か意識しているわけではなくて…。

山口
そうなのですか。読売新聞の「人生案内」の切れ味鋭い回答などを拝読していると、最相さんは「私」というものをしっかり持っておられる印象なので、意識して抑えていらっしゃるのかと思っていました。あの「人生案内」は、どのような経緯で担当することになられたのですか。

最相
わからないです。本当に突然、お声がけいただいたので。実は私自身、昔から新聞や雑誌、ラジオの人生相談コーナーが大好きで、人の悩みや苦しみ、それに対する回答の事例はたくさん見聞きしてきました。うまく答えられているのだとすれば、そのせいかもしれないですね。

山口
「深層学習」してきたわけですね(笑)。では、人生相談マニアとして、お話が来たときは二つ返事で引き受けられた。

最相
もう、めちゃめちゃ嬉しかったです。その嬉しさをエッセイにも書いたぐらいで。私の回答に対して、相談者の方から「救われました」みたいなお手紙をいただくこともあって、それも嬉しいですよね。

山口
回答にあたって心がけていることは何ですか。

最相
基本的に、人に読ませたり聞かせたりする人生相談である、ということですね。それが一対一のカウンセリングや、友達からの相談とはまったく違う点で、「回答自体が読み物としても成立しないといけない」ということは常に意識しています。

山口
質問者を救済することと、読み物としてのおもしろさを両立させるためのポイントは。

最相
そうですねぇ……、誰もが予想しないような回答をする、ということでしょうか。

山口
ありきたりではないけれど、腹落ちする。

最相
そうです。それはカウンセラーや精神科医の方々がやっておられることに近いと思います。彼らはプロとして、クライアントが自分自身では考えつかないようなところにヒントを投げ、気づきを与えます。人生案内の回答者にも同じような心構えが必要で、「ここは気づきを得てもらうための場所である」ということは常に意識しています。

山口
慧眼の持ち主ですね、最相さんを回答者に選ばれた方は。

どんなチラシでも受け取ってみる

最相
そう思っていただけるといいのですが。だから、ノンフィクションも人生案内も、私のスタンスは同じなんです。最初に言ったように人の話を丁寧に聴く、そして誰も考えつかないようなところに球を投げたい、気づきを大切にしたい、という思いが根底にあります。ノンフィクションも、本とはいえお金を出して買っていただく商品ですから、どのテーマも楽しんでほしいし、驚いてほしい。読む前とは違う景色を見てほしい。そのことはいつも強く思っています。

山口
自分が「なんておもしろいんだろう!」と思ったことを、人にも「聞いて、聞いて!」という感覚でしょうか。それが最相さんを動かしているエネルギーなのでしょうね。自分よりもテーマが前面に出てくるから、ルサンチマンが入り込む余地もない。やはり、テーマをどれくらいおもしろがれるかが大切なんだと。

最相
そうですね。書き下ろしでは5年、6年と時間をかけることがあって、それだけの時間を同じテーマで走り続けるというのはなかなか難しいことです。「とにかくこれはおもしろいから絶対みんなに知ってほしい」という強い思いがなければ続けられません。

山口
それだけ長い時間をかけると、途中で飽きたり、収拾がつかなくなったりすることもありそうですが。

最相
それはですね、毎回あります(笑)。まったく動けなくなったり、インタビューの文字起こしも全部自分でやるのですが、たまってしまって「うわー」となったり。そういうときは編集者に頼んで出版社にデスクを確保してもらって、しばらく通って原稿を書いたりしますね。ですから毎回苦しいんですけれど、それでもやり続けることが大事で、やり続けていると出口が見えてくるものです。

山口
そんなふうに打ち込めるテーマを見つけるコツのようなものはあるのでしょうか。

最相
とにかく「これはなんだろう」、「ちょっと取材してみたい」と気になったことは必ずスマホにメモしておきます。例えば、『絶対音感』がそうでしたけれど、聞き慣れない言葉だけど調べたら奥が深そうなこととか。多くのものは流れていってしまいますが、その中でどうしても残るものが出てきます。それがだんだん形になっていく感じなので、コツがあるのだとすれば、「とにかくあらゆるものに興味を持つ」ということではないでしょうか。まったく関心がないことも、とりあえず見てみる、チラシを受け取ってみるところから始まると思うんです。ポストに投げ込まれるチラシも、ちょっと怪しげなのから何から、気になることがたくさんあります。「チラシお断り」だなんてもったいない。

山口
なるほど。「チラシは受け取れ」と(笑)。

最相
はい、そうです。ネット空間なんて、そういうものの宝庫ですよね。その中に、何か引っかかるものがあるはずなんです。

山口
元プロ野球監督の野村克也さんはメモ魔だったことで知られていますが、メモの効用として、記憶力を補完するだけでなく、観察力や思考力を高めてくれることを挙げていました。メモを習慣にすると過去と現在を比べたときの違いが明確になり、「気づく力」が上がるわけですね。最相さんも、好奇心のアンテナを立ててできるだけ多くのものに触れてメモすることで、違和感や何かに気がつくのでしょうね。(第3回へつづく)

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最相 葉月(さいしょう はづき)
1963年東京都生まれ、神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。大手広告会社、PR誌編集事務所などを経てノンフィクションライターとして科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(新潮文庫)(小学館ノンフィクション大賞)、『青いバラ』(岩波現代文庫)、『東京大学応援部物語』(新潮文庫)、『ビヨンド・エジソン』(ポプラ文庫)、『最相葉月 仕事の手帳』(日本経済新聞出版)、『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』(岩波新書)、『辛口サイショーの人生案内DX』(ミシマ社)など多数。『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)にて第34回大佛次郎賞、第29回講談社ノンフィクション賞、第28回日本SF大賞、第61回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、第39回星雲賞(ノンフィクション部門)を受賞。近著に『証し 日本のキリスト者』(KADOKAWA)。

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。