株式会社 日立製作所 執行役副社長 德永俊昭/一橋ビジネススクール 客員教授 名和高司氏
2021年、『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』を上梓され、多くの経営者に新しい視座をもたらした京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授 名和高司氏。そして日立製作所 執行役副社長として、デジタル事業全般の取りまとめ役を担う德永俊昭。「パーパス経営」を軸に、社会課題の解決に取り組む日立を考察する二人の対談第5回は、“志本主義”の3条件とその成果を測る2つの指標について。

「第1回:“志”という視点から見た日立」はこちら>
「第2回:未来をストーリーで語れるか」はこちら>
「第3回:どこを拠点にするか」はこちら>
「第4回:女性の活躍について」はこちら>
「第5回:パーパスの成果を測る2つの指標」
「第6回:日系企業の2つの病」はこちら>

“志本主義”に込めた思い

德永
名和先生はご著書の中で、パーパスを“志本主義”という言葉にして論を展開されています。ここに先生の意志が込められていると感じましたが、もう少し詳しく教えていただけますか。

名和
パーパスというのは、“存在意義”と訳されたりしますが、それだけだと単なる目的に見えてしまいがちです。私の考えるパーパスは、堅苦しい大義や目的ではなく、人間の内側から湧き出てくる思い、成し遂げたいという“志(こころざし)”なのです。“志”という言葉は「士」の「心」と書きますが、まさに日本人の魂を表しています。

終焉が叫ばれる“資本主義”を超えるために必要なのは、心の底から自分の可能性を信じる“志”であるということで、“志本主義”という言葉にしました。もちろんパーパスを単なるバズワードにしたくないという思いもありました。

德永
確かにパーパスという言葉だけでは、なかなか人の心には刺さらない可能性があります。

名和
そうなんです。そして“志本主義”は共感を力にして発動しますから、それを前に進めるためには「ワクワク」「ならでは」「できる!」という3つの共感が必須条件となります。「ワクワク」は、建前やきれいごとではなく、本当に心が躍る目標、見失うことのない北極星を持つことです。「ならでは」というのは、SDGsのような共通目標ではなく、自分たちでなければなしえない独自の価値創出をめざすことです。この2つの条件を企業全体で共有できれば、“志”の実現に大きく一歩踏み出す力が生まれる。それが「できる!」です。

德永
なるほど、そういうことですね。この3つを日立に当てはめてみますと、「ならでは」ということは多くの人が意識していると思います。社会課題を解決する社会イノベーション事業への取り組み、これは日立ならではのものだからです。一方で「ワクワク」して仕事をしているか、そして「できる!」と信じてチャレンジしているかはまだまだという気がします。

というのも、グローバルロジック社の従業員と話をしていると、「日立にはこんなすごい力があるじゃないか」「これは日立にしかできないよ」と言ってくれます。日立の仲間として仕事をすることで、まさに「ワクワク」「ならでは」「できる!」を感じていることが強烈に伝わってくるのです。それを日立全体で共有し、日立ならではの価値を具体的に示していく、それがLumadaの本質であると考えています。

エンゲージメントというものさし

名和
ところで私は、企業の状態を知るひとつの指標としてエンゲージメントを見るようにしているのですが、日立は右肩上がりで上昇していると思っていいですか。

德永
2021年度はコロナ禍の影響を受けて大きく下がりましたが、2022年度はコロナ前を超える水準になってきました。ただ、海外の従業員と比較して、日本の従業員のエンゲージメントが低いという数字が出ていまして、これが問題だと思っています。

名和
少し気になったのでお聞きしたのですが、やっぱりそうですか。

德永
そこをどうやって変えていくのか。私の部門で言えば、例えば国内の人財とグローバルロジック社の人財とのコラボレーションを一層進めることで、自らが活躍できるフィールドが国内だけではなく、グローバルに広がっているという意識が生まれるかもしれません。あるいはシリコンバレーというデジタルの最前線で、仕事にフルコミットしながらもしっかりと人生を楽しんでいる人たちを間近で見たら、会社や仕事に対する見方が変わるきっかけになるかもしれません。

名和
そうですね。ひとつのきっかけでも従業員のエンゲージメントは高まりますし、そうすると生産性や創造性も上がってくるので、企業価値の向上にもつながってきます。グローバルロジック社との交流やシリコンバレーでの活動、そういった新しい自分たちの活躍の場が具体的に見えてくると、日本の従業員にもっと「ワクワク」が出てくるはずです。

グローバルで見た日立ブランド

名和
エンゲージメントと並ぶ重要なKPIに、ブランドという指標があります。インターブランドの調査を見ると、日立は対前年比でブランド価値が15%ほど上がっていますが、これは何かの取り組みの成果が出たのですか?

德永
ブランド価値を向上させるためにさまざまな取り組みを行っていることは事実ですが、海外のお客さまや従業員と会話すると、日立のデジタル事業のブランド価値は、もっと高く評価されて良いはずだ、そして、グローバルでのデジタル事業のブランド価値向上を徹底して強化すべきだという声を多く耳にします。そのためには日本発信ではなく、シリコンバレーから発信するべきだ、と言われることが本当に多いです。

名和
それは本当にそう思います。シリコンバレーでブランド価値を上げるということは、すごく優秀な人間を引き付けることにもつながるはずですからね。

德永
おっしゃる通りです。グローバルロジック社や日立ヴァンタラ社の経営陣も名和先生と同じことを言っていまして、彼ら単独では採用に苦労する場面もあったが、日立グループの一員になったことで、採用できる人財の質が変わった。そして何よりお客さまからの見え方がまったく違ってきたと言ってくれています。日立のブランド価値をいかにして継続強化し、さらなる成長へとつなげるか、今まさに検討を加速しているところです。(第6回へつづく)

撮影協力 公益財団法人国際文化会館

「第6回:日系企業の2つの病」はこちら>

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名和 高司(なわ たかし)
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。

主な著書に『10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年6月23日出版予定)、『シュンペーター』(日経BP、2022年)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版、2021年)、『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)、『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社、2018年)、『CSV経営戦略』(同、2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)など多数。

德永 俊昭(とくなが としあき)
株式会社 日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(クラウドサービスプラットフォーム事業、デジタルエンジニアリング事業、金融事業、公共社会事業、ディフェンス事業、社会イノベーション事業推進、デジタル戦略担当)、デジタルシステム&サービス統括本部長