株式会社 日立製作所 執行役副社長 德永俊昭/一橋ビジネススクール 客員教授 名和高司氏
2021年、『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』を上梓され、多くの経営者に新しい視座をもたらした京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授 名和高司氏。そして日立製作所 執行役副社長として、デジタル事業全般の取りまとめ役を担う德永俊昭。「パーパス経営」を軸に、社会課題の解決に取り組む日立を考察する二人の対談第2回は、未来を示すストーリーの重要性、そしてサステナビリティとデジタルについてのディスカッション。

「第1回:“志”という視点から見た日立」はこちら>
「第2回:未来をストーリーで語れるか」
「第3回:どこを拠点にするか」はこちら>
「第4回:女性の活躍について」はこちら>
「第5回:パーパスの成果を測る2つの指標」はこちら>
「第6回:日系企業の2つの病」はこちら>

社会イノベーション事業に至る道のり

名和
日立は今、社会イノベーションを事業の核に据えられています。これは世界でも例のないビジネスの方向性だと思いますが、そこに至るまでの道のりについて教えていただけますか。

德永
日立はリーマン・ショック前、工場を起点としたプロダクトアウト指向の会社でした。しかし、会社の存続が危ぶまれる巨額の赤字に直面したとき、もしかしたら自分たちのやっていることは今の世の中に合っていないのかもしれないと、ようやくそこで気づいた。ただ、どちらを向いて走ったらいいのかわからなかったというのが、私を含めた当時の日立社員の正直な気持ちではなかったかと思います。

そのとき、川村と中西を中心とする経営陣が、日立の持っているOT(オペレーショナルテクノロジー)、IT、プロダクトを生かして社会課題を解決することをこれからの仕事にしよう。社会イノベーション事業に取り組もうとビジョンを示したことが、大きなターニングポイントだったと思います。

そして社会イノベーション事業に注力することを決めたときから、今度はそこに近い事業と遠い事業に分けて、大胆な事業ポートフォリオ改革をスピーディーに行いました。

名和
第三者として見ていても、次々に打ち手を繰り出してくるな、と感じました。

德永
今振り返ると、会社の方向を大きく変えるというのは10年かかるんだな、と実感します。

新SDGsの“S”

德永
先ほど名和先生から、新SDGsのお話が出ました。できればそれをひとつずつ詳しく議論させていただきたいと思います。

名和
わかりました。

德永
まずは“S”のサステナビリティからお願いします。

名和
30年先の視点から経営を考えるというパーパスの視点から見ると、国連のSDGsが掲げている17の目標と169のターゲットは、当然やらなければならないこと。いわば“規定演技”です。企業にとってサステナビリティの本質は、もっと長いスパンで見たときの“自由演技”にあると思います。

日立の「2024中期経営計画」には、“プラネタリーバウンダリー”と“ウェルビーイング”を柱にサステナブルな社会を実現すると書かれています。それは私にも理解できるのですが、少し気になるのが実態の部分です。“プラネタリーバウンダリー”、地球規模のスケールで社会を考えることは重要です。“ウェルビーイング”、一人ひとりの健康と快適な生活が大切なのも良くわかります。しかし今問われているのは、日立がその問題にどう取り組んでいくかです。日立が描いている未来への具体的なストーリーを、私たちは知りたいし期待しているのです。

德永
ご指摘いただいた通りだと思います。2024中期経営計画のビジョンの下、社会イノベーション事業に注力する日立の取り組みと価値をストーリーとして示していくことが重要であると感じています。

名和
そこを伝えられると、社会における日立の役割が明確に理解され、企業価値もグッと高まるはずです。

德永
例えば、日立の鉄道によって家族で朝食を一緒に食べてから通勤できるようになったであるとか、 “癌のない世界を作る”といったわかりやすい価値を、共感できるストーリーとして積極的に発信していくことが必要であると考えています。

名和
そうです。それは本当のウェルビーイングだし、日立でなければ作れないストーリーですから、しっかりと相手に伝わると思います。日立は技術を押さえているわけで、あとは経営者がどんなワクワクしたストーリーを語れるかです。

新SDGsの“D”

德永
それでは、次は“D”のデジタルです。

名和
企業がSX(サステナブルトランスフォーメーション)を実現するためには、投資をはじめ大きなコストがかかりますから、どうしてもボトムラインを毀損せざるを得ません。きれいごとでウォッシュするのではなく、本気で取り組むとなるとものすごく大変です。そのためには、デジタルというツールを使って創造性や生産性を一桁上げる必要があります。つまりSXとDX(デジタルトランスフォーメーション)というのはツインなのです。

德永
おっしゃる通りで、サステナビリティを実現するためには時間と資金の両面で投資が必要ですから、DXでそれを効率的に進める必要があるというのは全企業が直面している課題です。私が担当している部門では、今年度から“SX by DX” というパーパスを掲げました。それはまさに名和先生が言われたように、SXを実現するためにはDXがどうしても必要だ、ツインで考えようということです。

名和
若いベンチャー企業であればそれを理解し実行してもらうのは比較的やさしいのですが、大企業で今まで慣れ親しんできた、しかもそれがキャッシュを生んでいるやり方を変えていくのは、走りながら外科手術をしているようなものでとても難しいのです。

德永
目の前の事業でちゃんとキャッシュを生み出しながら、その周辺に次の手を打っておく。しかしそれだけではトランスフォームはできないので、現在とは大きく異なる新たな領域にもチャレンジしていく。この3つがちゃんとできていないと、うまく変われないと思います。

名和
私は今新しい本を書いているのですが、その中で“変身”と“変態”は違うという話をしています。表層だけ変わるのが“変身”で、“変態”というのはメタモルフォーゼ、幼虫がさなぎになり、さなぎが蝶に変わるように内側から変わることです。日立という企業は、1910年の創業以来ずっとメタモルフォーゼで進化してきたように思います。そして“変身”ではなく“変態”への期待感が持てる企業というのは、ゆるぎないパーパスを持っています。

德永
ありがとうございます。大変重要な示唆をいただきました。(第3回へつづく)

撮影協力 公益財団法人国際文化会館

「第3回:どこを拠点にするか」はこちら>

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名和 高司(なわ たかし)
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。

主な著書に『10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年6月23日出版予定)、『シュンペーター』(日経BP、2022年)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版、2021年)、『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)、『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社、2018年)、『CSV経営戦略』(同、2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)など多数。

德永 俊昭(とくなが としあき)
株式会社 日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(クラウドサービスプラットフォーム事業、デジタルエンジニアリング事業、金融事業、公共社会事業、ディフェンス事業、社会イノベーション事業推進、デジタル戦略担当)、デジタルシステム&サービス統括本部長