一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
経営にとって、人材育成は非常に重要なテーマだ。自らを「人を育てる資格がない」と断言する楠木建氏が自己分析を進める中で明らかにする、経営において「人を育てる」ことの本質とは。

「第1回:僕に経営ができない理由。」
「第2回:アナリシスか、シンセシスか。」はこちら>
「第3回:他動詞か、自動詞か。」はこちら>
「第4回:戦略カラオケ。」はこちら>

※本記事は、2023年3月1日時点で書かれた内容となっています。

「人を育てる」という点において、僕ほど無能な人間はいないと思います。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。自分の考えを言語化して人に提供し、経営に役立てていただく。競争戦略について考えるというのは僕にとって相当に面白いことです。

だったら自分で経営したいと思わないの? とよく聞かれるのですが、自分で経営したいとは思いません。まったく向いていない。少なくとも現世は無理です。まず、根性がない。頑張りが利かない。なんだかんだ言って、経営で一番大切なのは気合と根性です。諦めずに粘り強く実行していけるかどうかが、最後に問われる。

最近、解説を書く仕事があり『BUILD』という本を読みました。著者のトニー・ファデルさんは、AppleでiPodなどの事業を率いたあと、Nestというスマートホームハードウェアメーカーを起業します。それがGoogleに買収され、すったもんだがあってNestを離れ、今は経営の助言や投資をしている方です。

『BUILD』を読むと、ファデルさんが優れた経営者だったことがよくわかります。iPodやiPhoneといったハイテックでデザインの洗練されたハードウェアを作るビジネスは、一見華やかに見える。ですが、経営そのものは地道な実行の連続です。僕の気性も能力も経営には向いていません。僕には今の「舌先三寸の仕事」が合っています。

僕が経営のお手伝いをしているファーストリテイリングの柳井正さんも、「経営=実行である」と事あるごとに強調しています。社内ミーティングで、評論のような意見が出てくる。すると柳井さんはこう言い放ちます――「うちに評論家は要らない。評論ではなく、実行してください」

あるミーティングで柳井さんから叱られたことがあります。「そんなの大学教授の評論です。評論と実行は天と地ほどの差がある。経営は実行です!」――大学教授なのですから、返す言葉がありません。思わず「僕は評論を実行しております」と申し上げました。僕としては、自分の考え事が何らかの形で、実行する人の役に立てばありがたいと思って仕事をしています。

これまでもお話ししてきたことですが、僕が今の仕事を選んだもう1つの理由は、とにかくチームワークが駄目。極力1人で仕事をしたい。もしチームでやるなら、メンバー全員自分がイイ。特定の仕事のために一時的に複数人の力を合わせてやるチームワークならいいのですが、定期的に会議をして、だれかが意思決定したことをみんなで共有して、その後の進行をきちんとモニターしていく――こういうのが僕は駄目なんです。

調整という作業がとにかくイヤ。やっていることはただの事務作業なのに、非常に苦しい。もちろん必要に迫られればやるのですが、向いていない。一時期、アシスタントの方を雇って僕のスケジュール管理をお願いしていたんですが、今は全部自分でやっています。スケジュール管理に限らずありとあらゆる業務を自分でやるので、家内制手工業というか個人工房体制が完全に確立している。このやり方が一番イイ。

僕の中にはいくつも部署があります。経理部、総務部、営業部、生産部、検査部、開発部、カスタマーセンター。全部脳内部門なので、実行するのは僕自身。あらゆる調整が一瞬でできる。

上司の下で働きたくないというのも、1人で仕事をするようになった理由の1つです。指示されたり命令されるのは、別にイイ。1人で働いていても、そういうことはたくさんあります。ただ、上司に評価をされるのはイヤ。例えばですが、どう考えてもダメな上司の判断で自分の評価が決まってしまったら非常に苦しいと思うんです。お客さまから直接評価を受ける仕事をしたいというのが若い頃からの僕の考えです。芸者みたいな働き方がしたいということです。部長の芸者も課長の芸者もない。一人でお客さまの前に出て行って、喜んでもらえればよし、駄目だったらもうそれまで。そのほうがスカッとします。

上司以上に僕にとって駄目なのが、部下を持つことです。人を上手く使って仕事をするということがまったくできない。なぜなら、みんな全然違う人間だから。どんなことを考えているのか、どんな生活を送っているのか、どんな将来を描いているのかはそれぞれ全然違う。にもかかわらず、一人ひとりと緊密にコミュニケーションをとらなくてはいけない――大変な手数を必要とします。これがせっかちな僕にはできない。ついつい自分でやったほうが速い、ということになってしまいます。

ただ、それは僕がヒジョーにスケールが小さい手仕事を職業としているからでありまして、自分一人だけで大きな仕事を達成することはできません。Managementを英英辞典で引くと、Getting things done through others――ほかの人を通じて何かを達成すること、とあります。経営者にとって、人に仕事をしてもらうこと、そのために仕事を通じて人を育てることは中核中の中核業務です。育てるためには任せなければいけないし、きちんと評価しなくてはいけないし、常時コミュニケーションをとっていかなければなりません。

「人を育てる」というテーマで、今回はお話ししていきます。僕が自分ではできないテーマなので、割り引いてお読みください。(第2回へつづく)

「第2回:アナリシスか、シンセシスか。」はこちら>

楠木 建
一橋ビジネススクール特任教授(PDS寄付講座・競争戦略)。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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