日立製作所 谷口伸一/一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 中石和良氏/日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ 宮崎克雅
持続可能な社会を実現するためには、従来の大量消費・大量廃棄といったリニアエコノミーから、再生可能なエネルギーによりモノを作り、使い続けるサーキュラーエコノミーへの転換が求められる。そこで日立の研究開発グループは、2023年2月28日、「サーキュラーエコノミーがめざす次の社会」をテーマに「協創の森ウェビナー」を開催した。その中から、一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 代表理事の中石和良氏、国立研究開発法人産業技術総合研究所 日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ ラボ長の宮崎克雅、日立 研究開発グループ サーキュラーインダストリー研究部 部長の谷口伸一による鼎談を3回にわたってお届けする。

「第1回:地球環境の変化と、社会や暮らしのあり方」
「第2回:サーキュラーエコノミーとは何か」はこちら>
「第3回:サーキュラーエコノミーの実現に向けた、社会のあり方」はこちら>

3つの視点から日本のサーキュラーエコノミーを見る

丸山
ナビゲーターの日立製作所 丸山幸伸です。今回のテーマは「サーキュラーエコノミーがめざす社会と経済」です。一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパンの中石和良(なかいしかずひこ)さんをゲストにお迎えし、2022年に日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボを立ち上げた宮崎克雅、モノづくりの観点からサーキュラーエコノミーを研究している日立の谷口伸一との鼎談をお届けします。

左から、一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 中石和良氏、日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ 宮崎克雅、日立 谷口伸一、ナビゲーターの日立 丸山幸伸

中石
サーキュラーエコノミー・ジャパン代表理事の中石和良と申します。「日本の産業と企業のサーキュラーエコノミーへの移行を加速させる」という当団体のミッションのもと、最初にわたしが行ったのが、2020年に出版した『サーキュラー・エコノミー 企業がやるべきSDGs実践の書』の執筆でした。当時はまだまだサーキュラーエコノミーという言葉が認知されておらず、専門書も少ない中、だれもが理解できるようにとこの本を書きました。企業の方々はもちろん、中高生や大学生といったZ世代の方々にも読まれており、幅広い層における関心の高まりを感じています。

宮崎
日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ ラボ長の宮崎克雅と申します。産業技術総合研究所が持つサステナビリティ研究の実績、環境に関するルール形成・標準化のリーダーシップに、先進のデジタル技術を利用した日立のソリューション・サービス・テクノロジーや豊富なナレッジを組み合わせることで、これからの循環経済社会のグランドデザインを策定するとともに、それを実現するデジタルソリューションの開発と標準化戦略の施策を提言する。さらには、その社会実装をめざす。こういったミッションのもと、共同研究を進めています。

谷口
日立の研究開発グループで生産・モノづくりイノベ-ションセンタ サーキュラーインダストリー研究部の部長を務めている谷口伸一と申します。マテリアルサイエンスと検査・計測を専門にし、モノづくりの観点からサーキュラーエコノミーの実現に貢献すべく研究開発に取り組んでいます。

日本型循環型経済 ≠ サーキュラーエコノミー

丸山
1つ目のトピックに参ります。「地球環境の変化と、わたしたちの社会や暮らしのあり方」。まず中石さんにお聞きしたいのですが、環境の変化という大きな課題をわたしたちはどう受け止めればよいのでしょうか。

中石
環境問題の解決は、現世代を生きる人々の使命です。わたし自身は2010年頃から欧州のサステナビリティの思想やEUの環境政策に触れてきました。その度に、あまりにも日本の企業、政府、生活者のサステナビリティに対する意識が薄過ぎるのではないか、このままでは日本の産業の競争力が低下してしまうのではないか――そういった危機感が募り、2019年にサーキュラーエコノミー・ジャパンを立ち上げました。日本のサーキュラーエコノミーへの取り組みは、欧州や中国、アメリカに比べて二歩も三歩も遅れているというのが現状です。

一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 中石和良氏

丸山
日本が遅れてしまった原因は何なのでしょうか。

中石
日本は2000年頃から「循環型社会形成推進基本法」により循環経済ビジョンの実現をめざしており、この日本型の循環型社会がめざしたリサイクル&アップサイクルの取り組みにおいては世界のトップランナーでした。その後、2015年にEUがサーキュラーエコノミーアクションプランという政策を打ち出し、サーキュラーエコノミーという言葉が世界で広がり始めました。そのときに日本ではサーキュラーエコノミーを「循環型経済」と訳してしまったことで、「何を今さら……」という冷めた反応が多かった。日本版の循環型経済とサーキュラーエコノミーがまったくの別物であることに企業も政府も気づかず、日本は出遅れてしまいました。

要するに、日本が進めていた循環型経済への取り組みは「大量消費の事後処理」に過ぎなかったのです。一方で、サーキュラーエコノミーを実現するには、そもそも廃棄物を出さないようにモノづくりの設計段階から工夫しなくてはいけません。日本の場合、法体制も含めて、従来のリニアエコノミー(直線型経済)と経済システムの本質を変えないままリサイクルの拡大という方向をめざしてしまっていたのです。

モノづくりの課題を解くカギとしてのサーキュラーエコノミー

丸山
今のお話を伺って、わたし自身にもリニアエコノミーの感覚が残っていたことに気づきました。宮崎さんは産総研で実際に国家プロジェクトに携わっている立場から、日本のサーキュラーエコノミーへの取り組みの現状をどう見ていますか。

宮崎
いろいろなモノを大量に生産して販売していた時代から、ある種の境界条件が変わってきているのを感じます。モノづくりには国境を超えた資材調達が必要ですが、地政学的なリスクによる影響から、それがままならないケースもあります。また、近年重視されているデカップリング(※)への配慮など、世界全体を俯瞰できる広い視野が欠かせません。これまで作り上げてきた社会を取り巻く境界線を、サステナビリティの観点から変えていく必要に我々は迫られています。その解の1つがサーキュラーエコノミーなのではないでしょうか。

※ Decoupling:経済成長とエネルギー消費を切り離すことを意味する概念、考え方。

日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ 宮崎克雅

丸山
喫緊の課題であり、しかもどんどん複雑化している問題ですが、研究者としてそれを解く立場にある谷口さん、いかがですか。

谷口
リサイクルはあくまでもサーキュラーエコノミー実現の手段の1つでしかありません。社内で議論をするときには、5つのRとリサイクルを分けて考えるよう心掛けています。5つのRとは、Reduce(ゴミの発生抑制)、Reuse(再利用)、Repair(修理)、Refurbish(※1)、Remanufacturing(※2)のことです。使用済み製品から回収した部品を、再び使えるようにする。この思想を基本に据えてモノづくりを考えると、ビジネスモデルの構築や製品の設計といった上流段階にこそ、イノベーションの可能性が潜んでいると言えます。(第2回へつづく)

※1 使用済み製品を整備して新品に準じる状態とすること。
※2 使用済み製品を分解、洗浄、部品交換などを経て新品同等の製品とすること。

日立 谷口伸一

「第2回:サーキュラーエコノミーとは何か」はこちら>

中石和良(なかいし かずひこ)
一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 代表理事
松下電器産業(現パナソニック)などで経理財務・経営企画業務に携わったのち、ITベンチャーやサービス事業会社などを経て2013年にBIO HOTELS JAPAN(一般社団法人日本ビオホテル協会)を設立。 2018年にサーキュラーエコノミー・ジャパンを創設し、2019年に一般社団法人化。代表理事として、日本での持続可能な経済・産業システム「サーキュラーエコノミー」の認知拡大と移行に努めている。著書に『サーキュラー・エコノミー 企業がやるべきSDGs実践の書』(ポプラ新書,2020年)。

宮崎克雅(みやざき かつまさ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ ラボ長
1993年、日立製作所 入社。機械研究所、日立研究所において、主に発電プラントの設計および供用期間中の構造健全性評価に関する研究開発に従事。2001年から1年間、米国コーネル大学にて、原子炉内構造物の余寿命評価技術の開発に従事。また、研究成果の社会実装の観点で、米国機械学会をはじめとした国内外の関連委員会において規格基準活動を推進。2018年からは材料イノベーションセンタ、生産・モノづくりイノベーションセンタ 主管研究長として、モノづくりに関する研究開発の取りまとめに従事。2022年10月、産総研内に日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボを立ち上げて、ラボ長に就任、現在に至る。博士(工学)。

谷口伸一(たにぐち しんいち)
日立製作所 研究開発グループ 生産・モノづくりイノベ-ションセンタ サーキュラーインダストリー研究部 部長
2004年に博士号取得後、日立製作所に入所。基礎研究所、生産技術研究所において、マテリアルサイエンスの知見を活用してヘルスケア関連の計測機器開発に従事したのち、計測・材料プロセス分野の研究ユニットリーダを務める。その後、研究開発グループ技術戦略室勤務を経て、産業ソリューション強化PJリーダー、加工・検査研究部長を歴任し現在に至る。フィジカル技術とデジタル技術を融合するサーキュラーエコノミープロジェクトをリードしている。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーションセンタ 主管デザイン長
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society