日産自動車 総合研究所所長 土井三浩氏/日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明
2023年1月17日、日立の研究開発グループは「将来の社会を支える、モビリティの新たな役割」をテーマに「協創の森ウェビナー」を開催した。その中から、「モビリティ」のあり方を論じた対談を4回にわたってお送りする。お話しいただいたのは、日産自動車株式会社で総合研究所所長を務める土井三浩氏と、日立の研究開発グループで社会イノベーション協創センタのセンタ長を務める谷崎正明。だれもがいきいきと動ける未来のまちづくりにおいて、モビリティが果たすべき役割とは何か。

「第1回:『移動』を取り巻く社会の変化」
「第2回:地域の『移動』をいかに支えるか」はこちら>
「第3回:非常時におけるモビリティの生かし方」はこちら>
「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」はこちら>

自動車の研究開発が見据える15年先

丸山
ナビゲーターの日立製作所 丸山幸伸です。本日は、「変化するモビリティの役割を捉える」というテーマで対談をお届けします。ゲストは、日産自動車株式会社にて総合研究所の所長を務めていらっしゃる土井三浩(どいかずひろ)さん。お相手させていただくのは、日立の研究開発グループで社会イノベーション協創センタのセンタ長を務める谷崎正明です。両社が進めている地域コミュニティにまつわる取り組みの紹介を交えながら、だれもがいきいきと動ける未来のまちづくりに向けた協創の必要性を問うていきたいと思います。

左からナビゲーターの日立 丸山幸伸、日産自動車 土井三浩氏、日立 谷崎正明

土井
日産自動車 総合研究所の土井三浩と申します。自動車の技術は、市場に出るまでにかなりのタイムラグがあります。当研究所では、10年~15年先の自動車のあり方、あるいは社会における移動のあり方を探索しています。例えば、カーボンニュートラルの実現に寄与するEV搭載用の全固体電池(※)や自動運転といった技術の開発はもちろん、自動車を「所有する」から「使用する」時代にシフトしつつある中で、社会にどのようなシステムを整備すべきかといったテーマについても日々研究しています。

※ 電解質が固体で構成されている電池。現在EV搭載用として普及している液体リチウムイオン電池に対して、温度変化による影響を受けにくく、劣化しにくいとされている。

谷崎
日立製作所の谷崎正明と申します。わたしも研究開発グループに所属し、1つのセンタをまとめているのですが、技術そのものの開発というよりは、技術を用いていかに世の中に貢献していくかを探ったり、技術によって社会がどう変化していくかを見極めたりといった視点で研究に取り組んでいます。いわゆる研究職というより社外との協創活動を進める研究者や、社会のあるべき将来像やビジネスそのもののデザインを手掛けるデザイナーが同じセンタに属しており、日々ともに活動しています。

「移動」を取り巻く3つの潮流

丸山
それではディスカッションに入っていきます。1つ目のテーマは「モビリティ」。モビリティと聞くと乗用車をはじめとする移動体をイメージされる方が多いと思いますが、ここではモビリティ=「移動」という行為を取り巻く社会がどう変化していくかという視点で語っていただきます。まずは土井さん、いかがでしょうか。

土井
移動は、それ単体で変化していくことはありません。背景にある社会が変わっていくから、移動も必然的に変わらざるを得ないのが実態です。近年、移動を取り巻く3つの大きな流れがあります。

日産自動車 土井三浩氏

1つ目は都市化です。都市に人口がどんどん集中し、大都市が増えていく。これは日本に限らず世界的に言えることです。一方で、その真逆の過疎化という現象も同時に起きています。過疎の地域におけるモビリティの利便性の確保が非常に大きな問題となっています。

2つ目は、カーボンニュートラルを実現するために地球環境と経済成長をどう両立させるかという課題です。これは自動車産業に限らず全人類が抱えている課題でもあります。

3つ目は高齢化です。日本は高齢化の先進国ですが、いずれどの国にも起きる現象です。社会が高齢化すると、当然ながら移動に困難をきたす人が増えてきます。だれもが必要としている「自由な移動」を、社会やインフラがどう支えていくべきかが大きな課題となっています。

丸山
確かに、高齢化にしても都市化にしても今や世界中で起きつつありますし、環境問題に至っては我々が10年前に予期していた程度よりもさらに進行しています。「環境負荷ゼロ」へ向けた取り組みが、これほど産業にとって痛みを伴うものなのかと、近年特に痛感しています。

土井
我々自動車会社からすると、自動車の燃費改善が環境負荷の低減につながるので、環境問題への取り組みは決して真新しいものではありませんでした。とはいえ、「低減」と「ゼロ」では次元がまったく違います。技術開発における考え方を根本から変える必要に迫られています。

「The Right to Mobility」の時代へ

谷崎
家族旅行に代表されるように、移動には人々に喜びや楽しみをもたらす面があります。かつてはそこに主眼を置いたインフラ整備が進められてきましたが、昨今はどちらかと言うと、日々の生活を成り立たせるための移動をしっかりサポートしていく役割がインフラに求められていると感じます。また、かつては国や自治体が全面的にインフラを支えてきましたが、大規模な自然災害が増える一方でさらなる高齢化が進んでいる近年、公共によるサポートだけでは簡単に成り立たない社会になってきました。

日立 谷崎正明

丸山
近年、自動車業界を中心に「移動インフラ」という表現が使われていますが、土井さんはインフラという言葉をどう捉えていますか。

土井
一言で言うと生活基盤です。と言っても、道路だけ整備されていてもインフラとは呼べません。電車と線路がセットで運用されて初めて鉄道が機能するように、自動車と道路がセットで整備されて初めて生活基盤と言えます。

丸山
移動そのものについてはどんな変化が見られるでしょうか。おそらく、住まいが都市なのか地方なのかによっても、生活者が移動に対して求めていることが異なるのではと推察するのですが。

谷崎
以前、日立の研究開発グループにおいて、社会システムが有するべき要件を生活者の視点で捉え直し、あるべき社会像の仮説を描き出して「25のきざし」としてまとめるという取り組みをしました。その中で当社のデザイナーから挙がった仮説の1つに、「The Right to Mobility」というものがありました。つまり、移動も1つの権利として認められるべきなのではないかという発想です。

移動の目的は、単に日々の生活を営むだけではありません。つねに社会と接点を持って生きていくためにも、移動は欠かせない行為です。ただ、身体的な理由や過疎化をはじめとする環境要因により、移動の自由が阻害されているケースが増えつつあります。例えば、高齢者に対してはシニアカートやバス、タクシーなどの交通インフラを整備するといったように、人々が移動の権利を維持し続けるためのサポートが必要になる。そんな社会の到来を見据えています。(第2回へつづく)

「第2回:地域の『移動』をいかに支えるか」はこちら>

土井三浩(どい かずひろ)
日産自動車株式会社 総合研究所 所長

1985年、日産自動車株式会社入社。ペンシルバニア州立大学客員研究員、日産自動車総合研究所車両交通研究所主任研究員を経て、2005年、日産自動車技術企画部部長に就任。その後、商品企画室セグメント・チーフ・プロダクトスペシャリストやルノー社出向管理職などを経験し、2014年より現職。2020年より、常務執行役員とアライアンスグローバルVPを兼務している。

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長

1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長


日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

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