原 研哉氏 デザイナー・日本デザインセンター代表取締役社長・武蔵野美術大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
「HOUSE VISION」のプロジェクトでこれからの家のあり方を提案し、「低空飛行」を通じて全国津々浦々の可能性を発掘している原氏。地域に潜在する魅力の本質をつかみ、それを価値に置き換えていくデザインが、これからの日本をつくると原氏は語る。

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「第4回:ローカルに潜在する大きな可能性」はこちら>
「第5回:デザインの力で地域から日本が変わる」

インフィルを編集するという発想


近未来の家の様相を提案し、一人ひとりのリベラルアーツとしての家というものをエデュケーショナルな視点で敷衍することをめざしているのが「HOUSE VISION」です。このプロジェクトを通じて家について考える人が増え、やがてインターネット上などで知識や成功事例の共有が増えていくと、日本の家も変わり始めるのではないかと期待しています。

近代建築は建物の内外を峻別するという構造を基本としていますが、これは近代建築のルーツであるバウハウスがドイツのような亜寒帯の国にあったことと無縁ではないでしょう。日本の伝統的な建築は、内と外が必要に応じて一体となります。屋外と室内が融通する居住性が日本の風土に根ざした暮らしの知恵です。現代においても豊かな自然を暮らしの中に取り入れるという視点を持つと、ドイツで生まれた近代建築とは異なる住宅の形が見えてきます。

例えば、壁ではないもので内部環境をつくって外気を取り入れるとか、谷崎が見いだした日本建築の素晴らしさを今の時代に取り戻すといったことを、テクノロジーで実現する方法を考えてみるのもおもしろいでしょう。通信技術で家電をつなぐというような表層的なことではなく、本質的な豊かさとは何かを問い直しながら、プラットフォームあるいはコンピュータのOSのようなものだと考えると、企業にとっても家の潜在価値は大きいと思います。

山口
確かにそうですね。「遊動」というキーワードを挙げておられましたが、その対義語が定住です。日本では家は「不動産」といって動かないことが前提になっていますが、一方で人の暮らしは遊動へと変わり始めています。

この連載で以前、隈研吾さんと対談させていただいたとき、日本の都市の問題は「私有」の原理を発展のエンジンとしてきたことにあるとおっしゃっていました。不動産を所有して一生かけて減価償却するというような考え方は、遊動の時代にはますますそぐわないですね。土地や建物を私有財産ではなく社会資本に切り替えるという発想の転換も必要になっていると思います。不動産というより住まいとしての機能を買う、あるいは借りるという考え方で、流動性やリノベーションの自由度を高める方向に住宅のあり方をアップデートできれば、プラットフォームとしての家も実現しやすいかもしれません。民間企業だけで取り組むのはなかなか難しいことかもしれませんが。


なるほど。社会資本というような大きなところまでは考えていませんでしたが、「HOUSE VISION」を始めた問題意識の一つに、日本の住宅の築年数の浅さがあります。ヨーロッパでは築80年なんてざらで、古くなっても建物の価値が下がりません。日本ではまだまだ使える中古住宅がたくさんあるのに、湾岸部にどんどんタワーマンションが建てられたりしています。

建築物には構造「スケルトン」と、内部の生活空間「インフィル」があって、建物のスケルトンを生かしながら、自分の暮らしに合わせてインフィルを「編集」する発想を持つことが合理的だと僕は考えます。気に入ったスケルトンを借りるなり中古で買うなりして、自分にとって価値のあるインフィルにつくり変えるということが教養の一つになれば、家はもっとおもしろくなりますね。そうした欲望を持つ人が増えると、社会資本となるものを建てていこうという潮流が起きるかもしれません。

山口
インフィルの編集ということで言うと、私は以前、1980年代前半に建てられたマンションを買って全面リフォームして住んでいました。妻も私も料理好きなものですから、キッチンが家の中心という間取りにしたのです。売却するとき、不動産会社からこんな特殊な間取りでは買い手がつかないと言われましたが、即座に売れました(笑い)。

日本をつくる「これからのデザイン」

山口
原さんはご存知だと思いますが、新潟県を拠点に古民家再生を手がけておられるカール・ベンクスさんは、日本の大工職人の技術の高さに驚き、魅了されて古民家の保存とリノベーションを事業にされた方ですね。戦後の日本が古い民家をどんどん壊して、新しい家を建てていることに対して、彼は「日本人は宝石を捨てて、砂利を拾っている」とおっしゃっていたのが印象的でした。


本当にそのとおりですね。過去から続く生命の流れについて話しましたが、過去につくられた良いものを生かしながら、今の自分の暮らしや未来のビジョンに合わせて編集し、次の世代に受け継いでいくという発想には、豊かさを感じます。

山口
家は各種産業の交差点というだけでなく、過去と未来との結節点にもなりますね。そうした豊かな暮らし方を実現するには、自分はどのような生き方をしたいのか、自分にとって何が大切なのかを見極めるリテラシーを成熟させることも必要です。


だからリベラルアーツなのだと思います。実際に変化の芽も見え始めていて、都市のタワーマンションに暮らすことが本当に豊かなのか、疑問を呈する人も増えているでしょう。コロナ禍の影響もあり、都市の時代から地域の時代への移行も始まっています。

最近、日本の各地域で頑張っているデザイナーと交流する機会が多いのですが、僕はいつも彼らに言っているのです。「みなさんは『地域デザイン』と言うけれど、そうじゃない、『これからのデザイン』と言ってほしい」と。地域に潜在する魅力の本質をつかみ、それを価値に置き換えていくデザインこそが、これからの日本をつくるわけですから。

地域から次世代の観光や新たな産業モデル、経済原理が立ち上がり、地域の良質な建物を素敵にリノベーションして暮らすことが教養として広まっていくと、日本人の価値観が変わり、誇りや自信の源泉も変わっていくのではないか。そうしたことを期待しながら、僕はこれからもデザインの視点を生かした提案を続けていくつもりです。

山口
ますますのご活躍を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

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原 研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。1983年に武蔵野美術大学大学院を修了し、同年日本デザインセンターに入社。日本グラフィックデザイナー協会副会長。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」、「SENSEWARE」、「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。
著書に『デザインのデザイン』(岩波書店)、『DESIGNING DESIGN』(Lars Müller Publishers)、『白』(中央公論新社)、『日本のデザイン』(岩波新書)、『白百』(中央公論新社)他多数。最新著は『低空飛行 この国のかたちへ』(岩波書店)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。