原 研哉氏 デザイナー・日本デザインセンター代表取締役社長・武蔵野美術大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
日本の風土という資源を価値に転換する産業モデルとして原氏は「観光」を提案し、グローバル社会だからこそローカルが価値を持つと話す。また、日本の課題として住宅の貧しさを挙げる山口氏に対し、原氏は家もまたリベラルアーツであると応じる。

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「第3回:日本の特殊性は自然観、宇宙観にある」はこちら>
「第4回:ローカルに潜在する大きな可能性」
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誇りの根拠を再認識する

山口
今、世界的に民主主義や資本主義の課題が表出し、人と環境、人とモノのあり方をこの先どうしていくべきか、思想的に行き詰まった状況になっています。日本の特殊性というものは、そうしたことに解を示すポテンシャルになるかもしれないですね。


戦後の日本は工業力を資源として日本列島をファクトリー化し、製造業中心に比類なき経済発展を遂げてきました。そのモデルが行き詰まりを迎えていると言われますが、154年前の明治維新、77年前の終戦という大きな区切りで言えば、そろそろ次なる産業ビジョンを考えるときが来ているのでしょう。

ここでもう一度謙虚になって、GDPのような外からの指標ではない価値基準、誇りをもって生きるための根拠を自分たちの中に持つことを意識してはどうでしょうか。ユニークな風土という資源はその根拠になり得るもので、日本が思想的な面で世界に貢献するためのヒントもそこにあるかもしれません。その可能性を認めて価値に換える産業を育てていくことが重要で、僕はそれが「観光」ではないかと考えています。

世界がグローバル化して「遊動」が進むほど、ローカルの豊かさが価値を持つようになります。人が訪れることでその土地の生活や文化の価値が再発見され、グローバルとローカルが対立概念にならない、豊かな世界がつくられていく。グローバル社会だからこそローカルの可能性が広がると思っています。

山口
それで「低空飛行―High Resolution Tour」のプロジェクトを。


荒ぶる姿と美しさを併せ持つ自然と、それを畏怖する感受性、全国各地の豊かな風土や文化といったものは日本の未来資源です。その資源をうまく運用していくものとして、僕が注目しているのはホテルや旅館です。単なる移動の拠点ではなく、「それぞれの土地や風土に潜在する価値を咀嚼して顕在化させる装置」として思想やブランドを確立したホテルや旅館が増えると、日本の津々浦々が生き返るはずです。そうした考えのもと、僕は日本全国を巡って大きな価値を生み出す可能性を持つホテルや旅館を訪ね、ウェブサイトで紹介してきました。各地域を訪ねる移動体についても、移動そのものに価値を持たせることを構想したりしています。

日本にはなんと言っても温泉という素晴らしい資源があります。川の中にある噴出口の周りに石を並べて入るようなプリミティブな温泉もいいし、都市の真ん中の現代的な建築空間の中に極上の愉楽が味わえるお風呂をつくるというのもおもしろい。温泉こそ身体を運んで行かないと得られないサービスです。

山口
確かに。温泉はバーチャルでは入れないですね(笑い)。


クリエイターとしてメタバースみたいな世界にときめきを感じないわけではないけれど、メタではない世界にもまだまだ潜在する魅力があります。それを見つけ出すほうが、僕にとってはやりがいがあると思っています。

家もリベラルアーツである

山口
日本の可能性ということを考えたときに、気になるのは住宅についてです。原さんは谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をデザインの花伝書であるとご著書に書かれていましたが、『陰翳礼讃』でも純日本風の家屋と、電気やガスのある新しい生活様式との不調和に言及されていますね。縁側があって障子があって畳の部屋を襖で仕切るといった日本家屋の美しさは多くの人が認める一方で、その頃の暮らしに戻れるかというと、なかなか難しい。日本では、住環境も衣服も明治維新を境に過去と大きく断絶しました。それまで築き上げられてきた日本人の精神性や価値観の上に、西洋合理主義の中で発展してきた文化を、まさに木に竹を接ぐように接続したわけですよね。現代の日本の住宅の、ある種の貧しさの原因はそこにあるのではないかと思うのですが。


そうですね。家のつくり方って誰も教えてくれませんよね。個々の家の経済力とも関わるので一般化できない面はあるにしても、社会やテクノロジーの変化によって祖父母の世代とは生活様式が大きく異なっているのに、それを受け止める近代的な住宅の理想的なモデルというものを僕らは与えられていないのです。

ここまでライフスタイルが多様化して、特に最近はどこにいても仕事ができる社会になっていることを考えると、自分のライフスタイルにふさわしい生活環境を自分で構築するための教養が必要になっています。それは間取りや材料といったことよりも根本的な問題、どのような家で暮らしたいのかという自分自身の欲望を知ることです。「HOUSE VISION」のプロジェクトを2013年から展開してきた背景には、そうした問題意識があります。

プロジェクトを始めてみたら、家は産業の交差点であるということに気づきました。エネルギー、移動、通信、物流、コミュニティ、医療、教育など、あらゆる産業が家という場で立体的に交差していて、そこでは社会課題も見えてきます。だから家を「住宅」という製品ではなく「プラットフォーム」と位置づけると、家を考えるということは自分や家族、社会の課題や欲望という本質を考えることに近い。「家」もリベラルアーツの一つなのです。(第5回へつづく)

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原 研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。1983年に武蔵野美術大学大学院を修了し、同年日本デザインセンターに入社。日本グラフィックデザイナー協会副会長。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」、「SENSEWARE」、「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。
著書に『デザインのデザイン』(岩波書店)、『DESIGNING DESIGN』(Lars Müller Publishers)、『白』(中央公論新社)、『日本のデザイン』(岩波新書)、『白百』(中央公論新社)他多数。最新著は『低空飛行 この国のかたちへ』(岩波書店)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。