原 研哉氏 デザイナー・日本デザインセンター代表取締役社長・武蔵野美術大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
若い世代のリーダーを中心に、物事を広く捉える「わたしたち」の世界が広がり始めていると原氏は言う。過去から連綿と続く生命の流れの中で生成された現在の社会には、「風土」も反映されており、そこに日本の魅力があると指摘する。

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「第3回:日本の特殊性は自然観、宇宙観にある」
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「わたし」から「わたしたち」へ


「中動態」の話は興味深いですね。それに関連して言うと、最近、主語について思うところがあります。日本では1960年代から1980年代にかけて、「わたし」を主張する風潮が目につきました。それもマーケティング理論の隆盛と関係しているかもしれないけれど、世の中に迎合せず「わたしらしく」生きようといった、社会性よりも個別性を優先する価値観が広がりました。個の尊重が太平洋戦争時の全体主義に対する反省から生まれてきたのだとすれば共感できます。けれども当時はそれが過剰だったように感じます。

近年、ネット社会の進展は、そうした「わたし」の主張を払拭しつつあります。インターネットの世界は、表層ではエゴをむき出しにした荒々しい攻撃性が目につきますが、一方で深層の部分、例えば良質なウェブニュースやメールニュースには、若い世代のリーダーを中心にしなやかな知性の発露が見られ、その中の主語は「わたし」から「わたしたち」に変化しつつある。確かに今われわれが直面しているのは、気候変動にしても、核兵器廃絶にしても、COVID-19にしても、「わたしたち」の問題ですよね。

哲学も文学も含め、特に近代以降の人間は「わたし」を中心に考えすぎてきたのではないでしょうか。そのことは人間の解放という点では大きな意味があった一方で、個の最大利益を中心に物事を進めていったために利己的な社会が形成されてきました。中動態というものが「わたし」を主張しないことだと考えると、これからの社会にこそ必要な態なのかもしれません。

主語が「わたしたち」の世界は、論理的破綻のない、比喩的に言うと陰のない世界です。それに対して「わたし」を主語とする世界は、社会の論理や合理性に対する矛盾を抱え込んだ陰影のある世界です。その矛盾が文学や芸術を生み出す力になった面はありますし、僕自身もそうした矛盾との葛藤の中で生き方を模索してきた世代ですから、「わたしたち」の世界に身の置き所がないような感覚も覚えます。とはいえ、これからの時代、地球規模の課題に向き合わなければならない時代には、「わたしたち」の受容が必要でしょう。このことは、おっしゃったようなソーシャルケイパビリティの向上とも無縁ではないと思います。

デザインも本来「わたしたち」を主語とするものです。僕はその世界に生きてきたことで、多少は「わたしたち」を受容する土壌が自分の中にあるとは思ってはいますが。

山口
確かに、あるものが世の中に生み出されたとき、生み出した主体を個人だけに還元することはできないですね。ハイデッガーは、人間は生まれ出たときにはすでに一定の環境、つまりその人の属する共同体の人々が築いてきた文化的、社会的背景の中に存在し、それらを継承していくものだと言っています。それを彼は「歴史性」と呼びましたが、原さんのおっしゃるデザインの主体としての「わたしたち」とは、現時点で生きている人々はもちろん、過去に生きた人々の営みが前提となっているのですね。


そういうことです。僕もだんだん生命の有限性を意識する歳になってきて、そうした思いを強くしているのかもしれませんが、生命というのは一つの個体で終焉するものではなく連綿と続いていくものです。血縁だけではない、広い意味での滔々とした生命の流れ、植物や動物などは本能的に分かっている、その連続性に対する意識をわれわれ人類も高めなければいけないと思います。

風土が生み出したユニークな知性

山口
原さんは「風土こそ資源だ」とおっしゃっていますが、「わたしたち」の営みであるデザインには、その国の風土も反映されますね。

最新著の『低空飛行』を拝読したとき、私は「尺八」のことを想起しました。どういうことかというと、西洋の吹奏楽器というのは、基本的に誰もが吹きやすくノイズが混ざらない音が出せるように改良されて今の形になっています。手のサイズが違っても扱いやすいようにバルブという機構を採用したこともその一例ですし、数学の話に関連して言うと、音の周波数や波長は管の長さや内径などから計算式で求められることを利用して、性能や品質を一定に保つことができます。

一方で尺八の場合は、正倉院御物の一つである古代の尺八と、江戸時代につくられていた尺八(普化尺八)を比べると、古代の尺八のほうが吹きやすいのだそうです。尺八は大陸から伝えられて日本で独自に進化した楽器ですが、進化した結果、指孔の数が少なくなったり、材料も天然の竹の根本部分を使うようになって形のゆらぎが大きくなったりしています。材料や作り手によって音色が大きく異なり、奏者は自分で指孔を増やしたり、細かな指使いで微妙に音階を変えたりして演奏します。職人と奏者、それぞれの個性を掛け合わせることで無限の多様性が生まれる。おそらくそうした点に日本人は豊かさを感じてきたのではないでしょうか。

こうした日本のデザインのユニークさは音楽に限らないと思いますが、それを生み出した欲望、社会の文化や価値観、知性のあり方といったものに影響を与える通奏低音としての「風土」が、日本が世界の中で存在感を発揮するカギになるということですね。


そうですね。日本の特殊性は自然観、宇宙観にあると思っています。世界の多くの国では、人間だけが叡智を有し、その叡智をもって自然、野生をコントロールしていくものだという人間中心の考え方が主流です。日本では逆に、叡智は自然のほうにあり、人間はその叡智や力を汲み取りながら生きていると考えます。圧倒的な自然に対する畏怖と崇拝、「生かされている」という感覚を持ってきました。それはおそらく、日本列島の自然の豊かさと、地震や火山噴火が頻発するような荒ぶる姿の両方を目の当たりにしてきたからでしょう。

自然に対して謙虚に向き合い、住まいのつくりも、ものごとの楽しみ方も、自然を受け入れていくという姿勢。そこが西洋の文化と決定的に異なる点で、日本の魅力の源泉ではないかと思います。

おっしゃるように、西洋音楽は基本的に統合や秩序の形成をめざすものですね。逆に日本の音楽は、例えば能の囃子を聴くと、笛は吹くぞと思うところで吹かない、鼓も鳴るぞと期待したところで鳴らないというふうに、意表を突きつつ楽曲が成立するところがあります。日本人はどうも、「万物は自然によって解体されカオスに還っていくもの」と諦めているようなふしがあって、カオスの中から再生成するものにクリエーションを感じてきたのではないでしょうか。そうした音楽的知性も含めた日本の深層の魅力に、日本人自身が気づいていないことが多いのです。(第4回へつづく)

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原 研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。1983年に武蔵野美術大学大学院を修了し、同年日本デザインセンターに入社。日本グラフィックデザイナー協会副会長。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」、「SENSEWARE」、「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。
著書に『デザインのデザイン』(岩波書店)、『DESIGNING DESIGN』(Lars Müller Publishers)、『白』(中央公論新社)、『日本のデザイン』(岩波新書)、『白百』(中央公論新社)他多数。最新著は『低空飛行 この国のかたちへ』(岩波書店)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。