2022年10月21日(金)、オンラインイベント『楠木建、一問一答』が開催され、読者からの質問に楠木氏が答えた。今回は、組織改革や社内プロジェクト、部門の目標設定など組織に関する質疑応答の様子をお届けする。

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「第3回:自由闊達に意見交換できる組織への改革、など。」
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Q:「サービスの質」と「利益」を両立させるには?

――金融関係の仕事をしています。企業が顧客に選ばれる「サービスの質」と「利益」の二兎を追ううえで、どのような観点、戦略が有効でしょうか。組織レベルでの対応は当然必要になると思いますが、個人レベルでもどのような行動が組織への貢献につながるのか、楠木先生の見解をお聞かせください。

楠木
質問された方はおそらく、「サービスの質」と、利益のうち特に「コスト」、この2つがが強いトレードオフの関係にあるとお考えなのだと思います。
サービスの質を高めるほど、コストはかかる。で、利益が圧迫される。反対に、コストを下げるとサービスの質が下がってしまう。すると収益が下がるので、やっぱり利益が圧迫される。こういうトレードオフを前提にしたご質問だと思います。

世の中そういうものだからこそ、ストーリーとして戦略を考えることが必要です。トレードオフかトレードオンかは、ほとんど時間軸のとり方だけだと僕は捉えています。アクションが因果関係でつながっている状態を「戦略がストーリーになっている」と言います。時間的な奥行きがなければ、一つひとつのアクションはいつまで経ってもトレードオフのままです。

時間的な奥行きを持ったストーリーで戦略を考えるとどうなるか。いい例がクロネコヤマトです。そのストーリーは「サービスが先、利益は後」。まずはサービスを良くする。すると、宅急便はネットワークビジネスなので、荷物の“送り手”が増えると“受け手”も増え、どんどんネットワークが広がって経済性が高まってく。こういうストーリーです。

宅配便というビジネスの初期は、EコマースがまだなかったためほとんどがC to Cでした。ということは、受け手が潜在的な送り手であり、送り手もまた潜在的な受け手です。そこでクロネコヤマトは、とりわけ荷物を届けるときのサービスの質を思いきり良くしました。ものすごく愛想良く渡す。約束した時間は絶対に守る。そうすると、「あら、宅配便っていいよ。便利だし」となり、荷物を受けた人が送る側に回る。相乗効果によってどんどんネットワークの効果が表れて、コストが下がる。利益はあとからついてくる――こういうロジックが組み立てられたわけです。「サービスが先、利益は後」というストーリーによって、トレードオフをトレードオンに転化している。これこそ、優れた戦略です。

会社のレベルでも個人のレベルでも、一見トレードオフだと思われる問題に直面したときは、そこに時間的な奥行きを持たせて、どうやったら自然にトレードオンになるかを考えてみる。そうやって戦略のストーリーを生み出せるはずです。

――優れた戦略とはどういうものか、よくわかりました。楠木先生、ありがとうございます。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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