2022年10月21日(金)、約2年ぶりとなるオンラインイベント『楠木建、一問一答』が開催された。経済から人材、組織、生き方、考え方まで多岐にわたる読者からの質問に、独自の観点と言葉で答えを示していく楠木氏。そのやりとりを4回にわたってお届けする。

「第1回:GDPに代わる指標、など。」
「第2回:人的資本経営、など。」はこちら>
「第3回:自由闊達に意見交換できる組織への改革、など。」はこちら>
「第4回:教養教育、日本人の英語力、など。」はこちら>

Q:GDPに代わる指標とは?

――ビジネスパーソン向けの研修事業を行う会社で、研修サービスの開発を担当しています。今年3月の山口周さんとの対談で楠木先生は、「GDPに意味があるとしたら、過去との経年変化が見えることだけ。そろそろ別の指標に変えたほうがいいのでは?」とおっしゃっていました。楠木先生が考える「別の指標」とは何ですか。

楠木
ある時期にアメリカ政府が政策を実行するにあたり、その時点でのモノやサービスが国内でどのくらい生産されているのかを把握しなくてはいけない事情から生まれた指標がGross Domestic Product、GDPです。

経済活動の量を測る指標としてGDPはもちろん有効です。しかし、GDPを大きくすることを目的にみんなが生きているわけではない。GDPは経済指標のひとつでしかありません。

GDPのほかにその国や地域の経済の調子を表す代表的な指標に、wealth(富)があります。1年間の生産量を示すGDPに対し、ストックベースで「家計の富」がどうなっているのかを国際比較してみると、日本はいまだに豊かな国と言えます(※)。中位数(中央値)を見てもアメリカの約1.5倍。GDPとは違った景色が見えてきます。

※ 出典:クレディ・スイス・グループ『グローバル・ウェルス・レポート2021』P.12。2020年における成人1人あたりの中央値は、日本が122,980米ドルで11位、アメリカは79,274米ドルで23位。

どれだけ格差がないかを示すequality(平等性)も重要な経済指標です。社会の状態を示す指標としてよく挙がる、寿命、幼児の死亡率、殺人の発生率、受刑者の人口比、10代女性の妊娠率、肥満率、ドラッグの生涯経験率。こういった数値と一番強く相関しているのがequalityです。GDPよりもずっと相関が強い。日本はいまだにequalityでは世界の上位にあります。

1人あたりGDPの国際ランキングにおける日本の地位低下をすごく気にする人がいます。この指標は「1人あたり」なので、小国が有利になることは自明です。この四半世紀の間、ずっとルクセンブルクが最強。ですから、シンガポールやカタール、モナコなどが上位に来る。なぜなら分母が小さいからです。日本のように人口1億人以上の大国が上位に来るのは極めて難しい。

過去25年間、人口1億以上の大国で1人あたりGDPがトップ10に入ったことがある国は2つしかありません。1つはアメリカ。もう1つはどこだと思いますか。

――日本ですか。

楠木
そうです。日本は2000年にルクセンブルクに次いで第2位。当の日本人が「バブル崩壊で不良債権の処理は進まず、株価は低迷。日本は駄目だ」と言っていた時期に、です。

現在、日本の1人あたりのGDPは世界30位近くまで下がりました。この状態を「こんな日本では駄目だ」と嘆く人に僕が言いたいのは、だったら2000年に世界2位というありえない順位になったとき、国民祝賀会でもやればよかったでしょう、と。単一の経済指標が持つ意味はその程度なんです。

その国の相対的な良さを測る最上の指標を1つだけ選びなさいと言われたら、僕は「自国を出て生活をしたいと思っている人の割合が低いこと」を挙げます。今の日本、どうでしょうか。「日本は駄目だ」「国力が低下している」――問題はたくさんあると思いますが、「日本以外のどこかで住みたいですか?」と聞かれたら、「……いや、日本にいようかな」と答える人が相対的に多いのではないでしょうか。もし、この数値がガンガン上がってきたら、それこそ本当に問題です。

――市民がどんどん国外に流出している今のロシアの状況が、まさにそれを象徴しているという理解で合っているでしょうか。

楠木
そのとおりです。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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