一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
楠木氏が監訳した『THINK AGAIN』*(アダム・グラント著)が注目を集めている。世界各国で翻訳され多くのビジネスパーソンに読まれている同書について、その読みどころや監訳を通じて楠木氏自身に生まれた思考を語っていただいた。
*『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』

「第1回:『考え直す』行為を、考え直す。」
「第2回:『知的柔軟性』のジレンマ。」はこちら>
「第3回:トータリタリアン・エゴ。」はこちら>
「第4回:『確信』と『謙虚さ』。」はこちら>

※本記事は、2022年7月11日時点で書かれた内容となっています。

今年4月、僕が監訳した『THINK AGAIN』という本が出版されました。この連載でも紹介した『GIVE&TAKE』* の著者、アダム・グラントさんの最新作です。タイトルが示すとおり、「考え直す」という行為について考え直しましょうというのがこの本のテーマです。
*『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』

当のグラントさんご本人はと言うと、本を書くスタンスについてはまったく考え直していません。すべての著作において、グラントさんは議論の対象としている概念を非常に明確に規定します。その分野に関する広範な研究の蓄積があり、それを総動員して頑健な議論を展開している。一言で言うと社会科学のオーソドキシーです。

僕自身は、科学的な法則の定立をめざすというスタイルから意図的に距離を置いています。競争戦略については、再現可能な法則にはあまり意味がないのではないかという基本スタンスです。

グラントさんの専門は組織心理学。競争戦略よりも基礎的な、ディシプリン(discipline)が確立した分野です。『THINK AGAIN』はマネジメントについての科学的な議論として正統的で、研究者ならではの本です。しかも読みやすい。理論に基づきながらも、読者が興味を持って読み進められるように、具体的なエピソードがたくさん散りばめられている。これはグラントさんのすべての著作に言えることですが、研究者が書いた一般向けの本として完成度が高い。

科学的な知見というものは本質的に累積的です。組織心理学の知見にしても膨大に蓄積されています。そのなかでも人々にとって一番有用な論点が何なのかをつねに考えながら研究に取り組み、本を書く――これがグラントさんの仕事における基本スタンスだと僕は思います。

グラントさんの本で僕がイイなあと思うのは、いつも当たり前のことを言っているということです。読者のだれもが「それはそうだよな」と納得できる。言われてみれば当たり前、でも言われないとなかなか気づかない。心理学のような人間に関わる領域では、こういう議論こそ一番価値があると思うんです。1周大回りして当たり前の結論に戻ってくる。だれもが知っているつもりで実は見過ごしていた本質に気づかされる。その結果、読者の生活や仕事がより良いものになる。

グラントさんの過去の著作『ORIGINALS』『GIVE & TAKE』も同じです。冒頭にお話ししたように、本を書くことに関しては全然考え直してない。もはやこの人のスタイルであり、スタイルからは逃れられない。以前書いたことに対する考えがその後変わった、なんてことはグラントさんご自身にも結構あるそうです。本書のなかにもそういう話が出てきます。でも、スタイルは変わらない。どうしても出てきてしまうその人の個性です。著者の個性がそのまま出ているという点でも、『THINK AGAIN』は好著だと思います。(第2回へつづく)

「第2回:『知的柔軟性』のジレンマ。」はこちら>

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。