一橋ビジネススクール教授 楠木建氏

「第1回:顕示的消費から、内発的充足へ。」
「第2回:消費を閉じる消費。」はこちら>
「第3回:検索非連動型購買意思決定と、マニア消費。」はこちら>
「第4回:消費と時間。」はこちら>

※本記事は、2022年4月27日時点で書かれた内容となっています。

経済に限らずあらゆる面において、日本という国が成熟しつつあることを僕は前向きに捉えています。

経済に関して言えば、急成長を遂げた国がやがて成熟期を迎えるのは自然の摂理です。どんな国にも、一定の条件が揃うと日本の高度成長のようなことが起き、そして成熟していく。「漢江の奇跡」を経験した韓国も成熟期を迎えていますし、近年めざましい躍進を遂げた中国も、そろそろ成長期の終わりに差しかかっています。中国の場合、日本では考えられないくらいのスケールでいずれ人口が減少するのは間違いない。要は順繰りなんです。

先日対談した山口周さんが、著書『ビジネスの未来』にこんなことを書いています。成熟した状況は、「低成長」「停滞」「衰退」といったネガティブな言葉で表現される。しかし、「未熟」と「成熟」のどちらかを選びなさいと言われたら、だれもが「成熟」を選ぶ。「成熟」をどんな次元で考えるのかによって、その見え方が変わってくる。

日本が成熟しているのは、もはや既定の事実。ならば、成熟ならではの良さを追求するべきです。移民を受け入れて政策的に人口をどんどん増やすことができるアメリカは、特殊な国です。あまり参考にはなりません。むしろ、日本よりもずっと早くに成熟したヨーロッパ、なかでも北欧の国々こそお手本になると思います。

アジアで最初の新興国だった日本が、100年を経た今、アジアで最初の成熟国として他国から「成熟もまたイイな」と思われる。当然、国内に住んでいる人々も「イイ感じ」にある。日本はこの状態をめざすべきです。人間の行動において成熟の度合いが最もよく表れるのは何か。それが消費です。

最近、『VIP』という本を読みました。VIP、つまりVery Important People。著者のアシュリー・ミアーズさんはボストン大学の社会学者で、元モデルです。彼女はその経歴を活かして、アメリカの富裕層のなかでもいわゆる成金の人たちが主催するナイトクラブのパーティーにモデルとして潜入します。そこで、人々がどんな行動をとっているのかをエスノグラフィ(※)の手法で記述していく。

※ 異文化やコミュニティのなかに入り込み、調査対象者のありのままの行動を観察する、文化人類学の研究を応用したリサーチ手法。行動観察。

アメリカは特にその傾向が強いのですが、成金のお金の使い方というのは、ものすごい高級車や高級時計を買ったり、大邸宅に住んだり、プライベートジェットを持ったりと、すべて顕示的な消費です。ConspicuousなConsumption、つまり“見せびらかし消費”。

人からすごいと思われることが彼らにとって無上の喜びですから、人に見てもらわないと始まりません。もし純粋なカーマニアであれば、自分がどんな車に乗っているのかなどだれも知らなくてもいい。ドライブしていること自体がただただ楽しい。そうではなく、「おお、あの人はあんなに高い車に乗っているのか!」と人に思われて、初めて喜びを得る。だからランボルギーニに乗る。これが顕示的消費です。

その行き着く先が、ものすごくぜいたくなパーティーを開くという行為になるわけです。彼らは豪華なクラブを貸し切り、高価なシャンパンをバンバン開けて豪勢なパーティーを開きます。高級車やプライベートジェットだと一瞬で通り過ぎてしまう。人の目に留まりにくい。パーティーであれば、そのぜいたくな空間に人々を固定できます。つまり、顕示性能が非常に高いわけです。

彼らが開くパーティーには、2つの重要な要素があります。1つは高価なシャンパン。もう1つがパーティーを盛り上げる女の子。そのほとんどがモデルです。モデルの女性たちを、いわば「賑やかし」として呼んでくる。アメリカにはそうしたモデルの手配を専業としているプロモーターという職業があるそうです。パーティー会場に、きらびやかな女性が10人や15人もはべっている。「どうだ、すごいだろ」と。主催者としては最高の顕示ができるわけです。

モデルの派遣代金は、その質で決まります。パーティーに派遣するにあたって、どんなモデルなら価値が高いか。すごく美人、人あしらいが上手、ふるまい方がチャーミング――そんなことは問題にされません。何より大切なことは「どれだけ背が高く、瘦せているか」。

豪華なパーティー会場に身長180cmの細身の女性(しかも12センチ以上あるヒールを履いている)がずらーっと15人も並んでいるのは確かに壮観です。ポイントは身長が比較可能な尺度だということです。ナイトクラブで遠くの席から見てすぐにわかる。「あいつのパーティーよりも俺のパーティーに来ているモデルたちのほうが上だ」と誇示しやすい。顕示的消費の本質とも言えます。

パーティーを手配するプロモーターのクライアントはアメリカにおける成金の典型です。ギラギラしていて、イケイケで、オラオラ系。長きにわたり経済大国として君臨してきたわりには、まだ一部にそういう風潮が残っている点が、アメリカの特徴的なところです。

成熟は、これとは真逆です。ヨーロッパで、アメリカの成金のようなパーティーを開く人は少数派でしょう。モデルのプロモーターが1つの業界を成しているとも思えない。成熟している国と、成熟に対して拒絶的な国との違いがここにあります。

ひるがえって日本はと言うと、僕の若い頃はバブルもあり、消費がギラギラしていました。山口周さんとの対談でもお話ししたように、僕がミラノの大学で働いていた1990年代、モンテナポレオーネというブランド物のブティックが並ぶ商店街に日本人観光客が押し寄せ、ものすごい勢いで買い物をしていくという現象が起きていました。それが近年では中国人の観光客が同じ商店街に殺到し、片や日本人はと言うと、ユニクロを着て裏通りをゆったりと歩いている。こういうところに、成熟は確実に表れている。

高度経済成長期の終盤にあたる1980年代に、『金魂巻(きんこんかん)』という本がベストセラーになりました。いろいろな職業カテゴリーごとに「マルキン」=お金持ち、「マルビ」=貧乏人と分類してイラスト付きで揶揄するという、ある種の社会評論です。例えば女子大生のマルキン、マルビをそれぞれイラストで対比する。マルキンはこういうバッグを持っていて、こういう服を着ている。一方でマルビはこんなものを身につけている。今から見るとかなりヘンな対比ですが、それが成立し受け入れられるのが1980年代の日本でした。要するに、未熟だったということです。

近年、ラルフローレンなどのブランドのロゴマークが以前と比べて大きくデザインされるようになったのは、中国がメインマーケットになったことが大きいのは間違いありません。「俺はラルフローレンを着てるぞ」ということがだれの目にもわからないと、着ている意味がない。顕示という消費目的が達成されません。

一方、成熟しているヨーロッパではそのようなことがあまりない。ミラノでは街の中心部に大金持ちが住んでいるのですが、彼らの住まいはとても地味な集合住宅にあり、外からはまさかお金持ちが暮らしているようには見えない。こういったところは、成熟して久しいミラノという都市の特徴だと思います。

他者への顕示から内発的な充足へと行動の目的が変わっていく。これが成熟の1つの本質だというのが僕の見解です。「人から見て自分はどうなのか」から、満足の源泉がもっと自分自身に向いていく。消費の面から見た成熟がここにあります。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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