一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏
2022年3月16日、「資本主義のこれから」と題し、楠木建氏と山口周氏の対談をライブ配信した。このテーマは2018年12月にもEFOビジネスレビューで取り上げ、今も多くの読者に読まれ続けている。経営者の方々が強い関心を持つ資本主義の行く末を、両氏はどう捉えているのか。事前登録1,000名を超える方々にオンライン配信されたその対談の模様をお届けする。まずは資本主義のこれまでについて、お二人が独自の切り口で語る。

「第1回:プロジェクトファイナンスと資本主義。」
「第2回:イタリアに見る、資本主義の成熟。」はこちら>
「第3回:資本主義と社会主義は真逆なのか。」はこちら>
「第4回:Q&Aライブ」はこちら>

資本主義の今は「いい感じ」

楠木
みなさん、こんにちは。ご覧いただきまして誠にありがとうございます。楠木建です。山口周さん、お越しいただきありがとうございます。

山口
こちらこそお呼びいただきまして、ありがとうございます。

楠木
今日は「資本主義のこれから」というテーマでお話をします。――周さん、資本主義のこれからをどうお考えになりますか。

山口
短期的にはいろいろな問題が議論されていますけれど、長期的には「いい感じ」の方向に向かっていると思います。

楠木
周さんは著書『ビジネスの未来』のなかで、これからの資本主義を「高原社会」というメタファーで表現されるなど、これまでの資本主義との違いを暗示されてきました。周さんが「いい感じ」だと思うのはどんなところですか。

山口
長い年月をかけて資本主義そのものが修正されてきたことです。古典・歴史学の専門家であるウォルター・シャイデルの『暴力と不平等の人類史』に書かれているのですが、戦前の日本は超・格差社会で、ジニ係数(※1)がめちゃくちゃ高かった。例えば、品川の開東閣(かいとうかく※2)や綱町三井倶楽部(※3)は、要するに個人がお客さまを接待するための迎賓館として建てたものです。お客さまを招くのだからかっこいい場所にしようということで、サッカー場みたいに大きな庭が設けられ、まるでベルサイユ宮殿みたいな立派な建物が建てられた。片や世の中には、極端なたとえ、道端の草を食べるような苦しい生活を強いられている人もいた。それが1910年代の日本でした。

※1 社会における所得分配の平等・不平等を測る指標。0から1までの数字で示され、0に近づくほど所得格差が小さく、1に近づくほど大きいことを意味する。
※2 東京都港区にある洋風建築。旧岩崎家高輪別邸として1908年(明治41年)完成。現在は三菱グループの倶楽部として使われている。
※3 東京都港区にある西洋建築および庭園。1913年(大正2年)竣工。現在は三井グループ関係者の倶楽部として使われている。

当時と比べたら、今の資本主義は相当「いい感じ」に「富の創造と分配」を担えるようになってきました。別の側面で、例えば資本主義が環境破壊を促進しているという指摘もありますが、1960年代の公害と比較して考えてみれば、当時は水俣湾に有機水銀の入った排水がそのまま捨てられていたわけで、これも随分と改善されています。ここ5、6年といった短期ではなく100年程度の長期で見てみると、いろいろデコボコはありましたけれども成熟し続けて、かなり「高原化」してきていると思います。

社会システムのリプレースは起きない

楠木
「資本主義から社会主義へリプレースすべき」という主張もあります。世の中を動かしている大きなシステムが短い期間でAからBへ変わるのをリプレースと言いますが、歴史上そんなことは起きていなくて、きっとこれからも起きない。

以前この連載でもお話ししたのですが、これまでの歴史を巨視的に見ると、人間社会のガバナンスの原理は基本的に3つしか現れていません。「伝統」「指令」「レッセフェール(自由放任主義)」。3つめのレッセフェールの経済的な発現形態が資本主義や市場メカニズムであり、政治的に発現したのが民主主義ですが、伝統・指令・レッセフェールは100年どころか数百年単位で並走してきました。どこかで突如リプレースが起きたわけではない。

つまり、社会主義的な考え方と資本主義、市場メカニズムはずっと併存してきた。そして今は、以前と比較にならないほど、「社会全体のことを考える」という社会主義的な基準が意思決定や資源配分に深く入り込んでいる。資本主義におけるその割合は徐々に増えていくと思いますが、これは社会主義への「リプレース」ということではありませんね。

市場原理は資本主義よりも前からあった

山口
ここ30年間格差が広がり続けているアメリカは特殊な例として、全世界的には、テクノロジーの発達と市場原理が富の平準化を促した。これは確かなことだと思うんです。

もう1つ僕が思うのが、市場原理というものは、実は資本主義よりもかなり古くからあったんじゃないかと。例えば、マーケットは古代ギリシャの時代から存在していて、そこでは権力ではなく市場原理がすべてを決めていた。あるいは中世ドイツの自由都市もそれと同じ考え方ですよね。

楠木
つまり、王様のような権力者による指令メカニズムと、市場メカニズムが並走していた時期ですよね。

山口
そうです。フューダリズム(封建制)が嫌な人たちが農奴という立場から抜けて、コミュニティをつくった。コミュニティを守るために城壁を築いて、そのなかに暮らす人たちの身分はフラットにする。その代わり、ちゃんとコミュニティに何らかの貢献をしてくれということで、「じゃあ俺は靴を作るよ」「俺はパンを作るよ」と、それぞれのポジションを得て働く。その作ったものを交換する場が市場だったのです。

資本主義のこれからを左右する、巨大事業の要請

山口
18世紀のアダム・スミス以降に資本主義が誕生するわけですが、そのきっかけになった事業が2つあると僕は考えています。1つが鉄道、もう1つが石油。例えば鉄道事業には、莫大な資金が必要です。土地を買って、線路を敷いて、機関車を造って、人を大勢雇って鉄道を動かすとなると、めちゃくちゃお金がかかるしリスクも大きい。そこで株式という形で資金調達して、権利を買った人に利益を分配するということを最初にやった。

楠木
つまり、ものすごく規模が大きく莫大な投資が必要とされるけれども、やれば必ず需要があることがわかっていた。一種のプロジェクトファイナンス(※)ですよね。「みんなで金を出すから、さっさと動いてリターン持ってこい」みたいな。で、オペレーションがずっと継続されていく。その条件を併せ持っていたのが鉄道ですね。

※ ある特定の事業に対して融資し、そこから生み出されるキャッシュフローを返済原資とするファイナンスの手法。

山口
昔のプロジェクトファイナンスの典型と言えば航海ですが、航海には必ずエンドがある。対して鉄道の場合、永久機関のようにずっと動き続けてキャッシュが出続けるので、株を権利として売買する制度だとか、権利を人に譲渡できるという考え方、さらにはオプションバリューなど、さまざまな金融のシステムが発達したのだと思います。

鉄道のほかにも、造船や発電所、製鉄などの大がかりな事業が世の中に必要とされるようになったので、資本を集めて、利益を分配するという社会システムがインストールされていった。それが資本主義の歴史なのかなと。

そういった巨大事業への要請が今後もあり続けるのかどうかが、資本主義のこれからに影響すると思います。

楠木
例えば宇宙事業の難点は、リターンがはっきりしないところ。ヴァスコ・ダ・ガマの航海に投資するみたいな、いちかばちかのプロジェクトファイナンスに近いものがある。

今のお話を聞いて面白いと思ったのは、株式の売買、そもそも株券というものを発行するとか、それを株式会社という法人が担保するとか、かなり抽象度が高い考え方じゃないですか。当時の人からすると、ものすごくふわふわした話だったんじゃないかと。

山口
怪しさ丸出しだったでしょうね。

楠木
それでもなぜ、わりと短期間で受け入れられたのかというと、ベースにある事業がものすごくシンプルなものだったからだと思うんです。「ここを鉄道が走りますよ、1回に何人乗れますよ」と。事業の内容が明快だったからこそ、社会に定着できたのではないでしょうか。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。

著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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