「第1回:高純度のライフカルチャープラットフォーム。」はこちら>
「第2回:戦略ストーリーと『自由』。」はこちら>
「第3回:競争戦略は『平和』をもたらす。」はこちら>
「第4回:蓄積がもたらす『希望』。」

※本記事は、2022年1月12日時点で書かれた内容となっています。

今回お話しするのは「自由・平和・希望」の3つめ、「希望」です。クラシコムの青木耕平さんがおっしゃっている「希望」とは、「蓄積が利く」ということです。つまり、複利の効果。時間が経てば経つほどどんどん効率的・効果的になることしかやらないという意味です。この戦略でいけば、今日よりも明日のほうがよくなる。明後日はもっとよくなる。すると、従業員のみんなが希望を持てる。

ポイントは、「売り上げがどんどん増えていくと給料が上がっていくから将来に希望が持てる」というたぐいの話ではないことです。時間を味方につけるような経営をする、やればやるほどラクになる、一言で言えば「好循環」を生み出すことに戦略の焦点を合わせるということです。「希望」を生むのは外的な環境ではありません。商売それ自体が内在的に好循環のメカニズムを備えているかどうか。ここに優れた戦略の条件があります。

好循環のメカニズムを作るのは、最初は大変ですが、ひとたび回り出すと強力で持続的な競争優位の源泉になります。『ビジョナリー・カンパニー』という本では、「弾み車」という比喩が使われています。わーっと回り出すとどんどん加速していく。いろいろな要素が絡み合って、しかも好循環を起こしていくので、何が成功の要因なのかなんて特定できない。

クラシコムは、一時的な特需とか、いずれは解消される非対称性につけ込むビジネスには手を出しません。そのときの売れ筋の商品に乗っかっても、いずれは儲からなくなる。蓄積や複利というロジックが利かないんです。

戦略ストーリーに欠かせないのは、一貫した論理のつながりです。例えば、1つの打ち手を考えるときに、「いつ・どこで・何を・どうやって」はそれぞれ単体で設定できます。ところが「なぜ」だけは、ほかの要素とは違って、単体では存在し得ない。「AだからBになる」という時間軸が必ず入っています。必ず2つ以上の要素がないと成立しない。しかも、論理は時間を背負っている。

要は、順番の問題なんです。ビンタしてから抱き締めるのと、抱き締めてからビンタするのは全然違う。順番が違うだけで戦略が違ってくる。生まれる価値も違う。この時間軸上での展開が戦略ストーリーであり、それぞれの打ち手が論理でつながっているからこそ好循環が生まれ、明日の商売に希望を持てる。

クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」の場合、コンテンツが先で、商品は後。購入はもっと後という順番です。まずは、常に自分たちの世界観に合ったコンテンツを発信し、お客さんに読んでもらう。お客さんからリアクションをもらう。この時点では、商品を買わなくてもコンテンツを見ているだけで幸せという体験価値を提供しているわけです。コンテンツはWeb記事だけではなく、ラジオや動画、音楽、最近は自前で映画も制作・公開しています。こうして「北欧、暮らしの道具店」が発信するライフカルチャーがどんどん浸透していく。

メディアの時代だとかコンテンツの時代だとか言われていますが、売りたい商品が先にあり、そのプロモーションとしてストーリーを乗っけよう、コンテンツを作ろうというケースがほとんどです。クラシコムの場合はその逆で、コンテンツが商品を生んでいる。

新しい分野に進出するときには、まずは徹底的にコンテンツを作り込んで発信し、お客さんとの対話を始める。そしてある種の座組みが決まってから、その世界観に合った商品をスポットで販売していく。クラシコムが「北欧、暮らしの道具店」でやっていることは、戦略はストーリーであって、それは論理のつながりであって、つまりは順列の問題が大切だということを物語る非常によい例です。まさに、僕が考える優れた戦略ストーリーの条件をことごとく満たしています。

これまでお話ししてきたように、クラシコムの戦略の肝は「自由・平和・希望」という言葉に集約できます。現在は非上場ですが、もしもこの先上場した場合、いろいろな株主から期待と圧力がかかることになります。そうなっても「自由・平和・希望」を維持できるかどうか。これは経営にとって大きな挑戦だと思います。僕はそこに注目しています。

「うちは正射必中(せいしゃひっちゅう)で行きます」と、創業経営者の青木さんはおっしゃっていました。正しい構えで弓を射れば、結果として必ず的に当たる。つまり、自分たちの戦略ストーリーを粛々と動かしていけば、結果として儲かるという考え方。経営は放っておくと「必中正射」になってしまうものです。必ず当てなきゃいけない、そのためにどうすればいいか……こうした思考の順番に陥ると、一貫した戦略は失われ、結局は的に当たらないという結果になります。

「正射必中」という話は、それ自体が原因と結果のつながりについての理解を示す論理になっています。何が原因で何が結果なのか。原因と結果を取り違えるところから商売はダメになっていくものです。戦略というものは、「必中」ではなく、「正射」のほうなんです。しかも「正射」に一般的な解はありません。その企業にとっての、その企業にだけの「正射」に磨きをかける。そこに戦略の内実があります。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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